Monster in Parents

モンスターペアレンツというのが教育界でも話題になったのは

どれぐらい前だろうか?


戦後、学校の先生はすべて正しいという風潮から

男女平等を聞いて育った子供が大人になり、

女性も発言ができるところから、

モンスターペアレンツというのが出始めた。


学校の先生も、教育よりも親の対応に追われて大変だというのは

教育学部出身の私の耳にも先輩で教育界で働く先生方からよく聞いたものだ。


自分が親になっていない私は、その時になんて面倒くさい親が氾濫しているのだろうか?

と思ったものだが、

今、自分が親になってみて、なんだか親の気持ちが少しわかる気がした。



ただ、ほんの少しだけだ。


本当にほんの少しだけ。


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「モンスターペアレンツについての仮説」


きっと、モンスターペアレンツは、

モンスターが心の中に潜んでいるだけなのかもしれないと言う仮説。



この仮説ができたのは、先日の経験からだった。


モンスターの初登場

先日、子供を連れて近くの公園に遊びに行った。

家の外で同じ年齢の子たちと遊ぶことがない2歳になった長女は、

公園で子供たちをみて、どう友達の輪に入っていいのかわからない様子だ。


走り回っている子供たちの後を追ってみたり、

子供たちの前で自分が持っているボールを落としてみたり、

子供たちに手を振ってみたり。


同じぐらいの背の子がいたら、その子と横に並んで歩いて、手を繋ごうとしてみたり。

でも、相手はそんなことは知らないから、手を繋げない。


その空中浮遊している、彼女の小さな手が私の目にはとても寂しく思えた。


そんな我が子を見て、私はなんだか心の奥がヒリヒリしていた。

心の中のモンスターが、チクチクと心のドアを叩き始めている感じだ。


なぜか泣きそうになる、そのモンスターをグイッと堪えて時間を過ごした。




モンスターの登場2

その後日、サファリパークに遊びに行ってきた。

娘は、私とかけっこをしたり、動物を見たり、手を繋いだりして楽しそうだ。


そして、象のショーをする観覧席で、ある男の子を見つけた。

『あの男の子のところに行く』


そう言って、自分よりも少し大きい男の子を追いかけ始めた。

『私と一緒に遊ぼうよ?』

そう男の子に伝える娘のたどたどしい言葉。


男の子の耳には聞こえない。

彼女の遊びたいという声が届かない。


ちくり。

その風景を見ていた私の心の中のモンスターがまた一声上げた。


4歳の男の子の動きは、2歳のうちの娘がかなうわけはなく、

すぐに見失ってしまっていた。


また4歳の男の子が現れて、また追いかけて、また見失って、、、

そんな繰り返しの中、なんとなく他の子供たちも一緒になって戯れた。


ほっとしたのも束の間、

輪の中に入った娘を私はハラハラしながら眺めていた。


一人の女の子がシャボン玉を持ってた。

その周りに子供たちがシャボン玉を触って遊んでいた。


娘は、英語に慣れていない。

私と話しているから、日本語ばかりだ。

日本語で、この子たちに話しかけたらどうなるのだろうか?


そんな心配をよそに、娘は、黙ってじっと周りの子供たちの会話を聞いていた。

子供たちの会話に対等に話せない娘は、

急に自分がいつもやっている踊りを踊り始めた。


私たち大人はそれを見て「わー!」と喜ぶ。

でも、他の子供たちは、そんな日本のYouTubeの子供番組なんて見ないから

そんな踊りは知ったこっちゃない。


また、娘の意図は空振りをした。


ちくり。

私の中のモンスターがまた、一声悲しいこえをあげた。




それ以上に私は気がかりなことがあった。


さっき、娘は2回目のうんこをした。

近くに行くとプーンと匂いがする。

私のミスで、オムツを持ってこなくて、

そのうんこのまま、駐車場まで我慢させて赤ちゃん用のおむつに変えようかと思っていた。


そんな娘が今、お友達に囲まれている。

初めて会うお友達。

お友達と仲良くして遊ぶということを学ぶ大切な瞬間。





その時に彼女はうんこで、みんなの中心にいる。

嫌なことを言われないだろうか?


『こいつ、ウンコくせー』


『こいつ、きたねえ』


『こいつ、何語喋ってんだよ!』


そんな気持ちでハラハラとして、

おむつを十分に持ってこなかった自分に反省を感じ、

大丈夫だろうか?と見守っていた。


何か言われそうになったら、飛び出していく気持ちは満々だった。

そう、モンスターは炎を口から出して、傷つきそうになる娘を守る準備はできていた。


すると一人の女の子が

『私、あなたのきているピンク色、好きよ。素敵だわ。』

と娘に言った。


『うん、君のピンク色かわいいよ』

さっき遊びたいと言ってた男の子もいった。


娘は嬉しそうに、自分のピンクの柄の洋服を引っ張って見せていた。


私の中のモンスターは、小さくなって影を潜めた。


愛をもらえて、そのモンスターはしくしく泣いた。

人目も憚らず、ボロボロ涙をこぼして拭ってはこぼしての連続だった。


シャボン玉を持っていた一人の女の子が澄んだ目でじっと私を見ていた。


「大丈夫。みんなで仲良く遊ぶから」


そんな風に言ってくれている気がした。


そんな私の心のモンスターは、ただのオケラになった。


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幼い頃、私は、お友達の作り方を知らなかった。


兄弟はいたけど、二人とも12歳年齢が違ったから、

ほぼ一人っ子で育ったようなものだ。


お友達のなりかたも、どんな風にお友達として遊ぶのかも知らなかった。


誰かを悪者にして、繋がる方法しか知らなかった時代があった。

誰かをネタにして、他人と繋がった気がする方法。

誰かを話題にして、他人とつながった気がする方法。

誰かを馬鹿にして、他人と繋がった気がする方法。


だから、同時に


自分がネタにされないように、

話題にされないように、

馬鹿にされないように、

仲間外れにされないように、


必死だった。



友達作りは、シンプルなようで

駆け引きだったり、

相手の意図を読むことだったりの

連続だった気がする。


心がとても疲れたのを覚えている。


そして、そんなところで駆け引きをする自分ではなく

みんなから尊敬される自分になろうと必死になった時期もあった。


みんなより、上に立てば馬鹿にされることもないと思って

必死に自分を素晴らしい存在にすることに躍起になっていた時期もあった。




そんなお友達と仲良くするための自分の心の疲労が

一気に長女を通じて再現した。


長女が私と同じ気持ちにならないように守りたくて仕方がなかったけど、

本当は、長女を通じて自分の古い傷を2度と体験したくないからだったと思う。



だから、

もしも、モンスターペアレンツという親が

必要以上に色々と抗議してくるのであれば

それはもしかしたら、彼らが自分の中にいる心の傷であるモンスターが

過去の悲しみで泣いているだけなのかもしれない。



あの時に『やめて』と言えなかった自分

あの時に『助けて』と呼べなかった自分

あの時に『守って』と守ってもらえなかった自分

あの時に『誰か味方になって』と一人ぼっちだった自分

あの時に『私のことを聞いて理解して』と聞いてもらえなかった自分


そんな自分がモンスターとなって、顔を出してリベンジをしているだけなのかもしれない。


私のモンスターは、出る気満々だったから。


我が子を通じて、昔の自分は見たくない。

我が子に自分と同じ思いはさせたくない。


でも、一緒にいた子が優しい言葉をかけてくれて

私も一緒に癒された。


ありがとう。


戦っても無意味だ。

愛だけが、心の傷を癒す唯一の方法。


そして、自分の中のモンスターを癒すことが必要。

いつか学校全部にモンスターハンターとして、

Integrated Healingのプラクティショナーが常駐したらいいなあ。


きっと、モンスターペアレンツになってしまった親たちは

そんな傷を抱えて辛いだろうから。



モノクロから虹色へ

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