Feel emotions but Don't become emotions


我が家にあまりおもちゃがないので、

外に連れ出せるからと赤ちゃんクラスに参加することにしました。

何回か行き始めると、同じクラスに毎回来るお母さんと少しずつお話をするようになる。

睡眠はどうか?とか、

離乳食は始めたか?とか。

まだまだ赤ちゃんで自分の動きをコントロールできない。

そんな赤ちゃんが8人ぐらい集まる場所で、事は起きました。

8ヶ月の男の子が、うちの赤ちゃんに近づいてきて

「何をするんだろう」

っと見ていたら、右手を伸ばしてうちの娘の目の周りの皮膚を掴んだのです。

一瞬の出来事で『あ!!!』と言って

私は即座にその男の子の手を取り外しました。

すると一瞬の出来事の中で

その男の子をジッと見返す我が娘。

ヘビがカエルを見据えるかのような、、、ジーーーーーーっとした眼差し。

そこには、怒りとか悔しさとか、そんなものではなく、

『威厳』『尊厳』のような気迫さえ感じました。

睨むわけでもなく、、、、そう、「見据える」と言う言い方が近いかもしれない。

その彼女の眼差しに私は、ゾクゾクしました。

そして、その眼差しを見た男の子の母親が

『いいわよ、うちの息子を殴り返しなさい』といいました。

多分、その母親がそれを言ってしまうぐらいの迫力の眼差しだったんだと思います。

それを聞いて私は、ハイハイをして男の子の方へ

立ち向かっていく娘を抱きしめてとめました。

すると

赤ちゃんだから、3秒前の事をすぐに忘れるのか、

クラスの先生がシャボン玉を吹いたら、そっちにまた気を取られて

この一件はなかったかのように過ぎ去って行きました。

家に帰りながら、また娘の眼差しと姿勢を思い出しては一人でゾクゾクしていた私。

かっくいい〜とすら思っていました。

夜になりアンドリューが帰宅して、赤ちゃんが寝た後に

『話があるんだけど。。。。』と

今日の一件を伝えると

『へー、やるじゃん』

そんな表情をしたアンドリューが私に言いました。

『きっといずみが感じたのはさ、

 Feel emotions but Don't become emotionsなんじゃないか?』と。

*直訳すると

感情を感じたんだろうけど、感情そのものになってしまうことはなかった、と。

例えば

怒りを感じる(I feel angry)のと

怒りになってしまう( I am/become angry)のとは違う。

怒りになってしまうと言うのは、

顔を掴まれた途端に、『てめえ!』と殴りかかること。

怒りに飲み込まれて、怒りという感情に自分がBECOMEすること。

上手いこと言うじゃんね。

かつて立ち会った教育現場で、キレる先生というのがいました。

生徒のためを思って、怒っている先生と

生徒のためではなく、自分の怒りに飲み込まれて怒っている先生と。

自分の怒りに飲み込まれている先生は、明らかに目の前の生徒のために怒っているのではなく、何か過去に合って、それを生徒によって刺激されることによって怒っている感じだった。つまり過去の何かに対して生徒を使って怒っている感じ。

生徒のために怒