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胃の激痛は感情から?

*今回、長いのですがお付き合いくださいまし。




救急病院から帰ってきて、なんともないと言われたものの


『あなたの人生をフルに最高に生きなさい』

そんなメッセージの動画を見ながらまた私の胃は痛くなり始めた。


食べ物ではないことは分かっていた。


なぜなら、私はこの『自分の人生をフルに生きる』というセンテンスを口で唱えるたびに

胃が猛烈に痛くなるから。


ああ、胃はこの文章に呼応しているのだとすぐに分かった。



インテグレイティド・ヒーリングの仲間のまいちゃんが


『ネガティブスキャンリストの中の ”つまらない”という言葉に反応をするんだけど?????』


と連絡が来た時に


腹の中で、ビンゴ!と鳴った。


私は、すぐに自分にインテグレイティド・ヒーリングのセッションを始めた。


なぜ、ビンゴか?


それは、

私は、子育てが得意ではない。


娘のことは本当に心から大好きだ。

きっと彼女たちのために自分の命なんて惜しくないとも思う。


でも、つまらないって思っちゃうの。

こんなことをこうやって潜在意識から出してくれなかったら、認めたくなかった。

なぜかって、それってすごく言ってはいけないことだと思うから。






でも、子供と一緒にいる時に、

心のどこかで(これでいいのかな。この時間、私はもっとできることがあるのではないか)と思う。

時間も気持ちも持て余す。


それは、子供と一緒にいる時だけではない。


仕事をしている時には、

心のどこかで(これでいいのかな。この時間、私は子供といた方が後から彼女たちの成長を見過ごしてしまったと後悔するのではないか)と思う。


それは、仕事をしている時だけではない。


家事をしている時にも

心のどこかで(これでいいのかな。この時間、私は他にやることがあるのではないか)と思う。


それは、家事をしている時だけではない。

睡眠中も

心のどこかで(このまま休んでいていいのかな。この一人の時間に私はやることがあるのではないか)と。


だから、私の使っている時間の全部が中途半端なのだ。

そして、全部に罪悪感を覚え、全部に後悔の念を覚えている。


つまらないと言う言葉で、出てきたけど、

本当に問題なのは、


これでいいのか

これでいいのか

これでいいのか


そんなヒソヒソ声が頭の中を駆け巡っている状態なのだと思う。。


その一方で


「子供が小さい間は一瞬だから、それを楽しむんだよ」

「この大変なのは今だけだから」


これらあのアドバイスを真面目に捉えるあまり、

呪縛を自分で作り出し、そこに喘いでいる状態になっていた。


私の人生をフルに、最高に生きる。


これは、私が有名になれとか、地位を築けとかそういう次元の話ではなく、

私のこのHalf Ass(中途半端)な立ち振る舞いをやめろということだと理解した。


セッション中、

痛みの中でここまでたどり着けるインテグレイティッド・ヒーリングにもすごいと思ったが、


「中途半端に物事をすることをやめる」

そう決意をしたその瞬間に、私のみぞおちを誰かに鷲掴みにされひねり出される感覚が襲った。


『うごおおおおおおおおお!!!』

のたうちまわり、アンドリューは茫然とそれを見守っていた。


そして、みぞおちに光が一瞬にして差し、私の身体中を駆け巡った。


みぞおち=第3チャクラ=私という人間を誇らしく生きる


ピラティスで体を見ていくと、ここの第3チャクラのエネルギーが抜けている人がほとんどだ。

私も、産後、そこに力が入らなくなった身体になった。


それを強化していくことを数ヶ月前からようやく始めたところだった。


みぞおちに光がほとばしり、カチッとハマった感覚。

その後、スゥッと10だった痛みが3−4ぐらいまでになった。


そして、私はセッションを終了した。




そのあとも、仲間のまいちゃんがセッションをしてくれていた。


そのセッション内容を読むと、なるほどと思うことばかりだった。

そのうちの一つ、年齢遡行で42歳とでた。

次女を妊娠した時だ。


その当時、私は50歳になった時の自分を想像することを意識し始めた。

このまま、毎日を暮らしていたら、10年後の自分は今と同じところにいることになる。

そう考えた時に、それは違うと感じ、仕事の面で動き始めた。


長女の時には一緒にお昼寝をしていたが、

次女が生まれてからは、生後3ヶ月で講習会を開き、通常のセッションを再開しながらも、

オンラインコミュニティも始めた。



ずっとずっと、私の気持ちは休まることなく走り続けていたのだと気づいた。


やろうと思うと出来てしまうが故に、私は自分の体が休みを必要だなんて考えもしなかった。


娘を食べさせながら、自分は立ちながら、ご飯を丸呑みした夜なんて数えきれない。

夜中に起きて、授乳しながら次のクラスの構想を練ったり

子供がお昼寝している時には、勉強をしたり

家事や仕事の合間にも、私はフルに自分を働かせてた。


でも、そんなのは普通に他のどのお母さんもやっていることだろうと。

私の母親は、その上、家事もしっかりこなしていて、

私はなんて楽をしてる身だろうかとも思っていた。


それ以上に、(本当にスタッフのメンバーに頼りっぱなしで甘えっぱなしでいる)とすら思っていた。


ただ最近になって、少し油断をすると、子供に大きな声を上げる自分が出てきた。


そして、疲れている自分が子供に理由を説明して話し合いをするよりも

恐怖を使って、何かをさせることをし始めた。


例えば、寝巻きを着ることをしたがらない娘に、もう一人で暗い部屋で寝なさいって言って

恐怖を使って寝巻きをきさせていた晩もあった。話せばいいだけなのに。


この私って美しくないなあと思っていた。

でも、もう立ち止まることができないぐらい頭と心が高速回転をしていた自分に気づいた。


そんなことを思いながら、一階に行った。

薬を飲んだから、おっぱいを一回捨てないと。

アンドリューが赤ちゃんを二階で寝かせてくれている間に。


すると、赤ちゃんが一人で階段を降りて私のところに

「ママーマッマー」と言って来た。


友人が彼女を抱き上げて二階へ連れて行ってくれたけど

また、アンドリューが長女を見ている間に

一階へ小さな身体で降りて来て「ママーママー」と私のところにきた。



「ごめんね」


そう言うけど、彼女は強い意志を持って私のところに来ようとする。

その姿を見て、


ああ、だめだ、私、このダサいあっぷあっぷした生き方、ここで変えよう。


そう心の奥で誓った。


私のあり方って、全然フルでも最高でもないやん。

なんなん?


我を失って頑張るとか、マジ、ダサいんですけど。


なぜ、そう思ったか。


トルストイという人の小説の冒頭


「幸せな家庭はどれもみな似たようなものだが、不幸な家庭にはそれぞれに不幸の形がある」


という文章をふと思い出したから。


幸せな家族というのは、余裕がある家族だ。

心に余裕がある家族。

体力に余裕がある家族。

気力に余裕がある家族。


決して髪の毛を振り乱して、自分を失って頑張っている姿ではない。

これ、不幸な家庭の典型的パターン。


もう、それは十分やった。

だから、ここから私、余裕の女性になります。


そう私は自分に誓った。


その誓った言葉を聞いて、お腹の中にいた蛇のようなうねりは、また消息した。

そして、私は夜眠りについた。



翌朝、NYからのお友達から連絡が来た。

子供たちをお願いして、私は3年ぶりに友人と二人っきりの時間を作った。

今までは忙しくて気がせわしない夕方に、この3年間絶対にしなかったこと。

それは子供たちを預けて、一人で友人に会いに海へと歩きに行った。


彼女が言った。


「子供と向き合う時間を確保すればいいんだよ。

 アサガオの研究と一緒でさ、四六時中見ているとしんどいしつまらないじゃん。

 でも、毎日ある一定の時間に見たら、それで成長って楽しめるじゃん」



(*大切なお友達のたまちゃん。夕陽を見ながらビーチを歩き喋りまくった。とっても楽しかった。)



友達と90分の楽しい時間を過ごして家に戻ると

子供たちの笑顔がとても新鮮で可愛くて仕方がなくなった。



私、という人間を失った時、物事はその場しのぎになる。


私、という人間を失った時、私のあり方は美しさを失う。


体はいつも私にメッセージをくれる。

私が、私として生きるように。

胃の痛みよ、ありがとう。


ここから、私は自分の未来を予約することにした。


子供と100%過ごす日

友人と100%過ごす日

仕事を100%する日

旦那さんと100%過ごす日

そして

自分と100%過ごす日。


そうやって今までの自分のぐちゃぐちゃな時間割を整理整頓し始めたら、

あの痛みはなんだったのか?というほど、


今の私は落ち着いて仕事も再開し

今の私は愛と余裕を持って子供たちを愛おしく見て、

今の私は、以前以上に情熱を持って仕事に向かっています。


そして、

今の私は、心を込めて旦那さんと話しています。


もちろん、このスケジュールに柔軟性は必要ではあるものの



Live My life to the Fullest and Highest

自分の人生をフルに最高に生きる


丁寧に生きるということ。


昔のように体の痛みをごまかして、生きていく自分ではなく

ちゃんと体の痛みからメッセージを聞ける自分になって、本当に痛みに感謝でいっぱいです。

インテグレイティッド・ヒーリングありがとう。


もう二度とごめんだけど。


って言うかドクターに『ダサい自分辞めるって宣言したら、胃の痛みがとまりました』

なんて言っても理解してくれないんだろうな。


そんなインテグレイティッド・ヒーリングの体験会、ロスであります。

私のセッションをしてくれてた舞ちゃんが行う、面白い体験会。



そして、この後日談に続きます。こちら


モノクロから虹色へ



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