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愛とは選択である

  • 2018年7月7日
  • 読了時間: 7分

クワガタの歯の様に、足がガニ股で閉じない私のカラダ。

座っていた所から立ち上がっての初めの数歩、

寝ていた所から起き上がっての初めの数歩、

いてぇいてぇと言いながら、えっちらおっちら歩く私。

重力とはこんなにもしんどいものなのかと、感じる毎日。

後4日で出産予定日を控えて、

お腹はせり出し、トイレも近くなり、眠気も半端ない。

カラダはずっと火照っていて、ホテイトモヤスだぜってアンドリューに言うが

さすがに分かってもらえない。

恥骨が、恥骨が、、、、と言いながらも

お腹をまだまだ元気一杯にぼこぼこ蹴るお腹の中の赤ちゃん。

肋骨やら、右の骨盤やら、

たまに地団駄を踏んでいるのか?という位、連続の蹴りが続くと

こちらも交渉をしないとイケナイと思い

『あかさん、ちょっとイタイでっせ。』と話しかける。

Dr.キャップが今日の診断で

『よし!赤ちゃんはちゃんと骨盤の方を向いているし、出産準備万端だ!』

と超音波を見ながら、教えてくれた。

苦しくて仕方がない。

1週間前とは明らかに違う変化だ。

1ヶ月前なんて、お腹が出ていても余裕だった。

この変化っぷりに驚く。

この変化の渦の中、ふと、自分の妊娠期間を振り返って思う事は、

『変化に対しての強さと柔軟さ』

をもった事だと今になって思う。

アンドリューと結婚する前の自分は、

自分に対して起こる事は全部自分の都合の良い様にしか起こって欲しくなくて

コントロールすることに一生懸命だった。

だから、単調な毎日で、つまらないと言いながら、

結局は、変化を起こさない様にしていたのは自分だったのかもしれない。

単に変化が怖かっただけ。

変化をする事で、自分が傷つくのではないかという恐怖心があっただけだった。

アンドリューと出会ったとき

『恐怖心ではなく、興味心で一度今まで慣れ親しんだ環境から出てみないか? 

  Be open to change』

と言われて、

恐る恐る付き合ってみるかと重い腰を上げたのを覚えている。

あれから5年、私の人生は、ごろり、ごろりと変化の波が後から後から押し寄せた。

それも、今までは想像もしなかった素敵な方向へ。

それまでは、仕事にしても、友人関係にしても、

自分の人生をコントロールできる範囲で暮らして来た。

ただ、1人の命を神様から預かったとき、

最終的にそのコントロールというものを

手放す事を余儀なく教えられた妊娠期間だった。

つわりにしても、赤ちゃんの成長にしても、私の体の変化にしても。

妊娠したら、お腹の中で何が起きているのか分からない。

様々な憶測が頭をよぎる連続だった。

その度に一喜一憂して、その度に自分が犠牲者にならない事を選び

私の人生は必ず良い方向にしかいかないし、

私達で良い方向にしていくしかないのだと信じていく

Trust と Surrenderの連続だった様に思う。

こうなったらどうしよう

あんなことになったらどうしよう

こんな風に思われたらどうしよう

あんな風に言われたらどうしよう

こんな風にみられたらどうしよう

そんなマインドゲームでエネルギーを消耗して『変化を望まなかった』独身時代。

あの頃はあの頃で苦しかったけど、

今、思うとあの時の苦しさは、

きっと変化をしたいのに、くじけてしまう自分へのもどかしさを

『魂が苦しい』と感じていたのかもしれない。

だって、私達は成長する為にうまれて来たのだから。

変化しない事なんてこの世に一つもないのだから。

今、

変化に対して対応していける強さと勇気が私には培われて来たように感じる。

それを一緒に体験していきたい力強いパートナーがいる事も大きい。

それを、これでもかという程、体験させてくれた10ヶ月だった。

結婚3年したら、お互いに飽きて来ると言うけど、

私達の場合は、もっともっと絆が強くなっていく様に感じた。

そして、一緒に乗り越えようと選択をする事で、

もっともっと相手を信じて愛する深さが出て来た様に感じる。

そんな勇気は昔はなかった。

変化の波に飲まれそうになる度に、今までの私は、『私、溺れちゃうから』

と決めつけて沖で波を見ていたパターン。

でも、今はその波に乗って違う景色をみた経験を一杯して来た。

それが出来たのは

いつものごとく自分を信じず自動的に波に飲まれる前に、

『ちゃうやろ、違う選択やろ』と、

新しい、でも本来の自分の方向性を正してもらうかの様に

インテグレイティッドヒーリング(IH)のセッションをしてきたからだとおもう。

犠牲者意識が強かった私は、『変化に対して、私はダメ、怖い、イヤだ』

なんて言ってた。

いつ傷つけられちゃうんだろう。

いつやられちゃうんだろう。

いつイヤな思いに、またさせられるんだろう。

そんな臆病者の私だったから、

妊娠中は、いつもセッションで強さと勇気に周波数を合わせてもらった。

そして、今

変化に対して対応していける強さと勇気が私にbuild upされて来た様に思う。

変化は、自分が想像もしない所に連れて行ってもらえる現実への切符だ

と、思える所までようやくきた。

長かった様な、短かった様な、変化の連続の10ヶ月。

きっと、私にはこの10ヶ月の妊娠期間は、必要だったのだと思う。

アップダウンをしながらも、

愛に囲まれながら、

多くの愛を受け取り感謝しながら

そして、

愛に周波数をあわせながら

愛を選択しながら

進んで来た10ヶ月。

ここで言う愛は多分、

どんな変化も”素敵な変化”にしていけるのだと、自分を信じると言う愛。

そんな風にガニ股で歩きながら、トイレで用を足している時に届いた

日本にいる親友からのメッセージ。

体操教室からのお風呂、ごはん、寝かしつけ、寝落ち で今起きた…夜中2時

家事の続きして、メールチェックして、てしてると眠れなくなったりも

でもひとりの時間もほしいし、でも睡眠が大事なのは痛感してるし

悩ましいところだけど、なんとか毎日乗り切ってる! 育休あって良かったー

今度の4月からはどんな生活になるんだろ ま、子どもたちも成長するし、どんどんライフスタイルも変化してくんだろうなぁ

都度、なんとかなる!

いず美も赤ちゃん産まれたらガラッと生活が変わるね

彼女も、「自分を信じる」という愛の中にいる。

だから、彼女の言うどんどんライフスタイルが変化していく事に対してのひと言。

『都度なんとかなる!』という言葉で私はそれを確信する。

私も赤ちゃんがうまれたらがらっと生活が変わる。

そんな言葉、今までは恐怖でしかなかった。

だって、がらっと変わるなんて、そんな怖い事で来ませんって。

今で充分だからって。

そんな風に逃げ腰だったと思う。

ただ、それも、今では、

今まで想像もしなかった方向へと素敵に変わっていくのだろうし、

素敵な方向に注目をして見ていく事になるのだろう。

たとえ不満をぶちぶち言いながらも。

だって、親友の彼女とテレビ電話をした時に、疲れていると言いながらも

表情が幸せそうだったから。

愛は選択である。

私はこの妊娠10ヶ月でそれを学んだ。

愛はどこにでもあるし、両手を拡げたら手に入ると言うかもしれない。

でも、私達の脳は『恐怖』を回避する為に使われているから

恐怖に自然と考えが及びやすい。

特に過去の経験で、失敗や嫌な思いを体験していたのであれば、尚更逃げ腰になる。

私がそうだったから。その逃げ腰で自分はずっとモヤモヤしていたから。

過去の傷の中で生きて来たから。

そんな私が今、過去の自分に伝えてあげれるのは

「愛を選択する」事で、愛は手に入るものなのだよと。

その選択をしていける自分になっていけるよ、と。

犠牲者になんて誰でもなりやすい。

そこで気付いて軌道修正をする事が自己愛の一つかもしれない。

自分は、弱くて何も出来ないのだという、犠牲者意識のサイクルを止める事。

自分は、何をしてもダメなのだという、犠牲者の章を閉じる事。

そして、私は素晴らしい方向にシフトしていけるという、愛を選択する事。

こんな変化をしてきたのだと。

現時点で閉じないのは、クワガタの様に広がった私のお股ぐらいである。

愛は選択である。

11月のサンディエゴとロサンゼルスでの講習会で

きっと私は、マチルダのアシスタントとして、よりそこの部分である

犠牲者から、自分の人生の舵取りをしていく者としての変容を

愛の塊である赤ちゃんを抱きしめながら、生徒さん達と共有する事になるのだろうと

今から楽しみで仕方がない。

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