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愛されないような状態の時こそ

夏休みに入ってから、なんとなく毎日ダラダラと不規則な生活のリズムになっている。


そんな中での独立記念日。


お友達の家でバーベキューをして、子供たちはいろんな大人に遊んでもらって嬉しそう。


でも、夜22時半に眠るとなった時にはさすがに疲れていた模様。


翌日の朝、なんだかいつもの長女らしくない。


怒って喧嘩ばかりしている。


フルーツが好きな長女に私はフルーツを詰めた。

それを車の中で食べたいと言った。


彼女に手で渡した後に、友達と話をしていたら

急に長女が大きな声をあげて、そのフルーツの入ったお弁当箱を床に投げた。


「ひゃ」っという声が私の口から漏れた。


「何やってんの!」


「そんなことしちゃダメでしょ!」


そんな怒声が通常なら出るのかもしれない。


でも、私の口からその言葉は出なかった。


それよりも、「どうした?」と聞くと


娘は「蓋が開かなかった」



「そんなことで怒ってるの?いい加減にしなさい」


という言葉も出なかった。


「そうか、ママ、あなたのことを考えてつめたフルーツだから悲しいよ」


そう伝えた。


「フラストレーションを感じたんだね。

 他のチョイスはなかったかな」


そういうと、彼女は、フンッと言った。


「でもね、I still love you だよ」と私は伝えて、頭を撫でた。



躾の出来ていない親だろう。


ダメなことはダメって言いなさいと、叱られる言葉が降ってきそうだ。


でも、長女の目には涙が溜まっていた。


それを見て、私も数年前、長女が2歳で下の子が生まれたばかりの時


泣き叫んで「これやって、あれやって」の連発にストレスが爆発して

子供たちをガラージの中の車のカーシートに乗せて、家に忘れ物を取りに行った時

そこにあったテレビのリモコンを床に叩きつけて壊した。


バラバラになったリモコンを見て、

情けなさと同時に目に涙が溜まった。


その時の自分を思い出した。

目の前にる娘の目を見て。


「あなたは、やっちゃけないことをしたってもう分かっているもんね。」


そういって、私は彼女を怒ることはしなかった。


昔、正しい星人の母親が私を叱った時

父親が言ってくれたことがあった。


「もういず美は十分にわかってる。それぐらいにしておけ」


自分が愛されてること、信頼されてること、

それと同時に

そんな自分でも訳がわからず泣いたり、失敗したり、うまくいかんことがあること。


そのサイドの私も全て、父に許された気がした。


リモコンを投げて壊した時、

アンドリューに電話した。

その電話口で、彼も怒らなかった。


「奮闘してるだけだ。」


そう言っただけだった。


正しいことばかりで進む時ばかりじゃない。


なんかむしゃくしゃして、

なんかイライラして

なんか空回りして

そんな自分にまた怒って。


茶番に見えるけど、いつも正しく真っ直ぐ進める自分だけじゃない。


私が愛してると言った後

娘は大きな声で「ママ、行ってきまーす!」と叫んだ。


どっちのあなたも、ママは愛してる。


そして、

その愛情を表現するためには、私に余裕がないと出来ない。


きっと食事も睡眠もままならず、一人でガス欠のような状態で

母親業をしていたら、きっと怒鳴っていたと思う。


だから、自分に余裕を作ることは

私が、私の最善の母として機能するのに絶対不可欠な母親の役割だと

改めて確認した朝だった。


Feeling Good はワガママでも怠け者なんかでもない。


世界平和なのだ。






(*急にお勉強に目覚めている4歳児)


モノクロから虹色へ




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