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ダメな自分に会いにいく

今日から本格的に仕事がスタート。

先週まではアリゾナに旅に出ていた。


アリゾナで10年来のピラティスの仲間に会う。


ピラティスのある企業のマスターティーチャーとなったのだと教えてくれた彼女。


彼女の家でマシンで一番初めに行うフットワークというのをお互いに教え合おうと言う話になった。


子供たちは彼女の家のおもちゃに夢中。

旦那さんたちは何かを話し合ってる。


私が先に教えることになった。


「ここの足を使って、私の手を吸い込むように足の裏を使って。」


そう彼女の足を触りながら、彼女に教えた。



初めは理解ができなくて、


「OH gosh」


って繰り返していた彼女。


それでも何度も伝えるうちに

彼女の足が震えてくる。

筋肉と神経がようやく繋がってきた証拠だ。


「こんなの誰も教えてくれなかったわ!」

そう何度も言っていた。


このセリフは何度も聞いてきた。


私も今のピラティスに出会った当初は何度も言っていた。


そして、私は怒りながら言っていた。


どうして、この大切なことを教えてくれなかったのかしら??と。


でも、知らないものを教えることはできない。

だから、今、知ることができてラッキーなのだと思いつつ

彼女にマスタートレーニングで習わなかった?と聞くと、


首を振っていた。


立ち上がった彼女はワオと何度も言っていた。

その光景は何度もいろんなクライアントさんで見てきたし、

自分も何度も言っていた。



ふふん


えへん


と胸を張ったのもつかのま、

来週、私がその番になる。



と言うのも、来週に、私の教えてるピラティスのマスターティーチャーが来て

ワークショップを行う。


一生メイルで送られた参加者の名前を見て、背筋がゾッとする。

どの人もみんな、すごく動ける人だ。

尋常じゃないぐらい、ピラティスを極めている。


その中で、こんな私が入っていいのか?と思う。


それでも、一応、そのレッスンを受けてもいい資格はもらったから

ワークショップに参加しようと思うけど、

周りとの差は歴然だろう。


「こんなの誰も教えてくれなかった」

と言わんばかりに、身体の自分ではアクセスできなかった筋肉にアクセスをすることになるのだろう。


周りが怖いわけでも

先生が怖いわけでもない。


ただ、できない自分に対峙すること。

自分の最大限を使うことに、私はびびっているのだ。





ああーきょわい.



私は、マスターティーチャーとなった私の友人が

マスターティーチャーの称号がない私のレッスンを受けて、

驚き、感謝をしている姿に美しさと勇気をもらった。


いつでも、謙虚でいる彼女が大好きだ。


彼女に対して、えへんと調子に乗った自分。


どんなもんだいと、私は明らかに調子に乗った。


でも、私は調子に乗って良いと思っている。

調子に乗る自分は意地悪に見えるけど、でも、自分を評価することは悪いことではない。


この世の中が、あまりにも正しい反応、みんなが気持ち良くなる反応を求めすぎて

そんなお調子者の意地悪な自分を恥ずかしく思いがちだけど、



「堂々と調子に乗れる時には、その調子に乗っても良いんじゃない?」


とアンドリューが言ってくれた。


「それだけ、自分は頑張って得ていたんだから。」と。


そして今週までかなり調子に乗ってた私。


そしてメイルボックスに来週のワークショップの詳細と参加する面々を見て

スゥッと調子に乗って木に登った豚は木を降りています。




あーきょわい.


できない自分が恥ずかしい。

周りについていけない私を見たくない。


ってところから



新しいことを学ぶことが自分の幅をより広げてくれると言うことを

楽しむことにシフトしたいなあと思っています。


あ、それ、知らなかった!もっと良くなっちゃった


と言うことを発見しようと今のところ、呪文のように唱えています。


モノクロから虹色へ




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