オムツタイム

親になって2日目の夜。 私もアンドリューも赤ちゃんの音に敏感になっていて、 少しでも赤ちゃんが寝言などの音を出すと 2人で飛び上がって、同時に2人で赤ちゃんのカオを覗き込みました。 単に、音を発している時もあれば、おっぱいを欲している時もある。 そして、おむつを替える事が分かったとき、 アンドリューが『僕がおむつを替えようか?』と言いました。 『いいよ、私、出来るよ』 そう言いたくなる'いつも'の口癖 と それが出来ないバラバラの私の体。 あ、立ち上がれないやと思った瞬間に、少し私は悪いねえ〜と言う気持ちで 『うん、お願いして良い?』 と言いました。 今考えてみると、 どうして悪いなあと思ったんだろう。 どうして全部を自分でやろうとしているんだろう。 一緒に育てたいというパートナーがいるのに、 全部を1人で覆う私の習慣に1人で暗闇の中、苦笑しました。 私が、「お願い」と言うと彼は飛び起きて、娘の名前を歌いながら抱きかかえて 2人で組み立てたおむつ台へと彼女を連れて行きました。 彼女のおむつを替えている間、ずっとご機嫌に歌いながら話しかけている彼。 そんな夜中3時。 このオムツタイムはわたしにとって一つの楽しみでもありました。 と言うのも ベイビーシャワーの中の一つで、 ゲストの人におむつにメッセージを書いてもらっていました。 「夜中のオムツ替えって孤独で泣きたくなるから、 おむつにメッセージがあるとね、元気が湧いて来るよ」 そう教えてくれたお友達のアイディア。 でも、私達の経験は違った。 一つ一つのオムツのメッセージを読みながら、誰が何を書いたかで 2人で笑って、赤ちゃんのオム

産後直後のわたしのカラダ

『24時間はいずみの元を離れないで』とアンドリューに言い残して 朝5時に帰っていたポーラ達。 長い一日だった。そう言いながら私達は眠りにつきました。 それでも、神経細胞は休まらず、アドレナリンが噴出しているかの様に 赤ちゃんが少し音を出す度に、私達は一斉に飛び起きて 2人の間に寝ている赤ちゃんを覗き込むという瞬間が何度も続きました。 あの日は、寝たのかどうかも覚えていないぐらい。 それでも、ようようと陽が窓から入り込んで来て、私達は起きる事にしました。 『おトイレ、いきたい』 と尿を催した私。 私も赤ちゃんも、2人とも上半身真っ裸のおムツのみの状態。 「よっこらしょういち」 と呑気に自分にかけ声をかけて起き上がり、立ち上がろうとするが、 なかなか起き上がれない。腕で何とか支えても起き上がれない。 それを見たアンドリューが手を差し伸ばし、 彼にカラダを支えてもらって、ようやく起き上がれた始末。 『あれ?なんかカラダがいつもと違う』 起き上がると 出血が多かったせいか、頭が天井に向かった瞬間に、星が飛び、体全体がふらつく。 さて、立ち上がるか、とアンドリューの手を借りて足をベッドからおろした瞬間に 様々なカラダの異変に気付き、パニック。 まっすぐ姿勢が立てにゃーい! 歩くための足の筋肉がにゃーい! なんとか両足を床につけたものの、 カラダを稲を刈るかの様に前屈みにして、両手を膝につくのが精一杯。 その状態で何とか足を引きずりながらトイレに向かう。 自分のカラダがまっすぐ立たない事、足を動かせない事、めまいが止まらない事 それを見てアンドリューが手を出して誘導してくれるけど (あーこ

執着を手放す為に

前回の続き タコの様にニュルリと出て来た胎盤を見て、 助産婦のポーラとアシスタントのヘイリーがバタバタと動き出した出産後。 異様な雰囲気の中でポーラが機械的に私に情報を話し始めました。 『赤ちゃんが出て来てる。でも胎盤全部が出ていないの。 一部がカラダの中に残っているから、陣痛促進剤を打つわ。 今から太ももに注射を打つからね。』 そして、 『これは、ザイトフェン。口の中に薬を入れるからね。』 そして、 『今から、液体をカラダに入れるからね』 何の注射か何の薬か何の液体か分からないまま、 それでもポーラがやる事だからと絶対的な信頼を置いて 私は身を委ねました。 何が起きたのか後から聞くと 出て来た胎盤を見て、ポーラは全部の胎盤が出て来れなかった事に気付き 子宮口が閉まる前に手を入れて、残りの胎盤を取り出したとの事。 それを見ていたアンドリューは、 ポーラが子宮口に手を入れてねじって出していたと、後から教えてくれました。 わたし自身もその行程をあとからビデオで見て 『こんなに胎盤って大きいんだ!』と驚いたと同時に ポーラがそれを見てバタバタと動き出しカメラが中断しているのを見て 緊急事態だったんだなと感じました。 ヘイリーが説明をしてくれました。 『胎盤の一部がまだ低い場所になったのね。 だから、出産中あなたのカラダは沢山の出血をしたの。』 きっと、水中出産だったら、水の濁りの中で、 胎盤が全部出ていなかった事に気付けなかったか、気付く事が遅れただろう。 そしたら、きっと私は、大量出血で緊急搬送されていただろう。 アンドリューが医療の立場から 『あの状態では、救急車を呼ぶのは、50

赤ちゃん登場

前回の続き カウチに横たわった私は、片膝を持ち上げて、ダンゴムシの様にカラダを丸くする様に指示をされました。 でも、もう自分のカラダを自分で動かす余力が残っていない私。 アンドリューがカウチの裏に立って、私の代わりに膝を持ち上げてカラダを丸くするのを手伝ってくれました。 真っ暗な部屋の中でポーラが頭に登山用の懐中電灯をつけ その灯りだけで 私達は最後の行程に入りました。 ただならぬ雰囲気に犬のジェイミーはおとなしくしていました。 本来はジェイミーは、ペット用ホテルに預ける予定でした。 でも、ポーラが言いました。 『ジーザスが産まれてくる時に、 動物に囲まれて見守られながら産まれて来たッて言うじゃない? 私は、ペットも家族の一員なのだから、出産には立ち会うべきだと思うのよ。 その方が全部を理解して、新しい家族を受け入れやすいと思うわ。 それを今まで何度も見て来たから、私はジェイミーがいても大丈夫よ』 と。 もしも私が、病院出産だったら、きっとジェイミーは戸惑った事だろう。 でも、彼女は私の陣痛の始まりからずっとこの流れを見て来て 状況を理解しておとなしくしている様子でした。 さて、子宮口は10㌢のフルに開いています。 後は、私が赤ちゃんとダンスをするだけです。 陣痛が来る度に私は、膣に思いっきり力を込めて押しました。 この時、ポーラもヘイリーもグレイシーも『とても上手よ!!!!!』 と感嘆したのを覚えています。 それを聞いて、『ジェイドエーーーーグ!!!』と心の中で叫びましたよ。 確かに余力が限られている中で、膣に対してつながって、ドンピシャに押せている感覚 これは、バリ島で習っ

水中出産と陸出産のはざまで

ポーラとヘイリーが戻って来た17時。 ポーラの合図でアンドリューはプールにお湯を張り始めました。 その間、私は陣痛の来る度に、『ふうううううう』と呼吸をしていました。 その『ふうううの声が高すぎる』と何度も直されるものの、 低い音にする事が出来ない私。 痛くて痛くて痛くて痛くて、声まで気持ちがまわらない! スクワットをしたり、横になったりと色々な体勢をしましたが、 横になっているのが一番楽でした。 でも、「横になっていると出産の行程が遅れるから」とポーラに言われて 起き上がった瞬間に、うぎょおおおおおおと叫び、カラダをねじりたくなるほどの痛み。 体勢を変えると、重力で子宮の位置が変わるのか、劇的な陣痛がカラダを襲います。 ニュートンめ!!!! 重力を発見しやがって。 あまりの痛さに、ヘイリーが私の仙骨に電流を流す機械をあてました。 ビリビリと流れる電流に、陣痛の痛みから別の感覚に意識を飛ばす事が出来て 楽になったと言えば楽になりました。 そう言えば、人間は二カ所同時に痛みを感じる事が出来ないって、言っていたっけ。。。。 そんな事を頭の片隅で思い出しながら、 『ふううううううう』と高音すぎると言われながらも息を吐いていました。 そんな私の横にはずっとドゥーラのグレイシーがいました。 グレイシーにインタビューをしたとき、彼女が私に言いました。 『いずみが一番、望まない事は何?』と。 私は言いました。 『Needyに思われるかもしれないけど、 出産の行程中は私だけにフォーカスをして欲しいの。 もしも、あなたが別の事に、例えばFacebookとかにアテンションをしていたら きっとガッカ

出産始まる

7月17日 2:30am 明らかにいつもと違う痛みを感じ始め、目が覚めました。 アンドリューを起こして 『陣痛が始まったっぽい』 そう伝えると、彼は一目散に一階に行き、プールの準備をし始めました。 『早いって。 early labor は数時間から数十時間かかるって言っていたじゃない、ライザ先生が。』 そう苦笑しながら、彼の「待ってました感」に幸せを感じながら ここからどんな風になっていくんだろうと、心が高鳴りました。 『ねえ、ライザが言ってたじゃない? ここから長丁場が始まるから、あまりエキサイトしないで寝なさいって。 』 すると アンドリューがワインを持って来て、 『最後の2人っきりの時間に。そしてこれからの新しい2人の未来に』と 乾杯をして飲んで寝ました。 助産婦のポーラからも 『41週の時点で既に赤ちゃんは充分に育っているから、 あなたがワインを一杯飲んでもなんの問題もないわ。 エキサイトして寝れなくなる位なら、ワイン飲んで寝て欲しい位よ』 と言われていたのもあって、2人で二口ほどワインを飲んで寝ました。 どれほど寝たでしょうか? 数時間だった様な気がします。 朝7時位にまた目が覚めました。 陣痛が少しずつ強くなって来て、アンドリューが陣痛の間隔を測り始めました。 7分ごとに起こる陣痛。 既に規則的になっている陣痛。 アンドリューがドゥーラのグレイシーに電話をして来てもらいました。 グレイシーの顔を見てホッとした私。 アンドリューがいる事も私にとっては心強いのだけど、 やっぱり出産をした女性が私のそばにいるのは、男性とはまた違った安心感がありました。 『how are

出産方法の決断

出産のほんの数週間前まで、私は出産場所について迷っていました。 病院出産をするか、それとも、自宅出産をするか。 ほぼ病院出産で決まっていた所での、まさかの自宅出産の選択肢も出て来たとき、 私は本当に迷いました。 今更、助産婦のポーラに会っても私は、彼女と繋がれないんじゃないか?と。 アンドリューが言いました。 『頭で考えるのではなく、オプションが出て来たのだから、会ってみれば良い。 自分の中の直観にフォーカスをしてたら、ポーラに会って話したら、 きっと君のとってベストがなんなのか分かると思うよ』 と。 ポーラと久しぶりに会って、私は一瞬にして 彼女とつながりました。それは以前のブログに書いた通りです。 私達は一緒になるべくしてなったという、運命の糸につながれていたんじゃないか?と 月⑨ドラマのヒロインのような想いになるぐらい。(BGMはもちろん小田和正) アンドリューに確認もせず、 私はポーラと会って、その場で60万円の小切手を 何の迷いもなく切りました。 きっと私が一番大切だと思う事をアンドリューも望む筈だから。 彼女のオフィスを、水中出産用のプールを持って出ました。 足取りが軽い。 出産前の私の体重は70㌔近くになっていました。 この重いカラダを動かす事で疲れて、昼寝が毎日必要なほどであったけど、 ポーラが 『時間がないわ。今日出産してもおかしくないのだから。 ここに書いてある自宅出産用のキットを今日中に全て買いそろえて来て欲しいわ』 そう言ってリストを渡してくれました。 半分は彼女が揃えてくれて、後の半分を私は買いに走りました。 あんなに重かった私のカラダには羽根が生えた

出産を終えました。

2018年7月18日に赤ちゃんが産まれて、今日で1ヶ月が経ちました。 怒濤の一ヶ月で、あっという間だった気もしますし、 一日一日がとても長かった気もします。 今振り返ってみると、よく泣いていた一ヶ月でした。 『こんなに小さな小さな幼子をどうやって私は育てていけば良いの?』 『私は十分な母になれるのかしら?』 胃の裏側から底上げて出て来る奇妙な気持ち悪さが込み上げてくる瞬間。 その胃の裏側の感覚を感じる度に、不安をカラダ中がまとう感覚。 『肚を決めなさい』 そう、どこからともなく声が聞こえてきて、 それに抗うかの様な、 いや、そんな大役出来るかしら?という逃げ腰のエゴも出て来て すると、 It is all about you だな(自分の事ばかりしか考えないんだな)という声も聞こえて来て 色んな感情が波の様に私をざぶんざぶんと飲んでいるかんじでした。 そして、本日自分の出産シーンの映像を初めて見ました。 赤ちゃんが自分の膣から出て来る数分間。 真っ暗な部屋の中で、頭につけた山岳用の懐中電灯の灯りだけが まるで赤ちゃんをこっちの光へおいでと誘うかの様に照らされた 暗闇だが光のある環境。 それでも、ソファーは私の血で黒く輝いていて、 その上で私の野獣の様なうめき声が響く中、 私の手をしっかりと握るアンドリュー。 そんな中、 落ちついた様子で私のカラダをケアする助産婦さん達の動き。 出ては入るを繰り返す赤ちゃんの頭。 ゆっくりゆっくりと赤ちゃんの頭が少しずつ出て来る。 陣痛と陣痛の合間に深い眠りに入る私。 その陣痛の合間に深い静寂が漂い、次の動きをひっそりと待ち構えている 緩んだ中で

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