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元祖酵素風呂

北海道旅行中、小樽市に酵素風呂があるというので私は、予約を入れて子供たちとお友達と一緒に行ってきた。


*今回、長いブログですが、

思いがけず父のことを思い出した経験で誰のためにもならないかもしれないけど忘備録として書かせてくださいませ。



バスに乗って、暑い中坂道を登っていったそこには

四角い箱の建物があった。



中に入ると、地元の銭湯にきたかの感覚になるような雰囲気だ。


まずは酵素ジュースですと言って飲む。

久しぶりの酵素ジュース。

昔は体を治したくてよく飲んでいたなあと懐かしながら

飲むと、どろっとして粘膜をゆっくり流れていく感覚があった。


赤い帽子と赤い上下の洋服を用意されて、おがくずの中へ入っていく。


こんな感じ↓


独特の匂いだが、数分もすれば慣れてきた。


子供たちには、カブトムシの気持ちになりにいくとしか説明していなかったので

キャーキャー文句を言っていた。


(うるさいぞー、私はここで体を癒したいのじゃ)


子供たちをそこで働いていたお姉様方にお願いして

私は、おがくずへと1人でどんどん入っていった。


うごおおおー熱い。熱すぎる。


なかなかの熱湯風呂も入れる私だが、

これはアツすぎる。


「ちょっと冷ましますねー」と言ってくれておがくずをトンボのようなもので動かしながら、寝床を作ってくれた。


黄色のふわふわなおがくずに足を入れると

ずぶぶぶと沈んでいく感覚。


そして不安定な地面の上で体を横たえ

頭の高さをちょうど良い感じにしてもらって

私は、一足先に目を閉じた。


じんわりとアツさが伝わってくる。


体の表面だけじゃない。

こんな暑い夏に芯の方が冷えていたのかと思うほど

その温かさが私の体の中心に到達しようとしてくる。



おがくずに入っている時間は、18分間という決まりがある中で、

私はほんの数秒だが眠りに落ちそうな感覚になった。


子供たちが、まだ臭いと言っている。


あーうるさいのだ。


寝かせてくれ。


そう思って私は意識を体に集中する。


じんわ

じんわ

じんわ

じんわ



少し指の位置を変えたくて指を動かす。


アツうううううううううい!


動かしてみると

新しいおがくずがこんなにも熱いとは


こりゃ簡単に体を動かせない。


ジッとしているしかない。


カブトムシの幼虫もこんな気持ちなのだろうか。



体の芯まで温かくなるということを体感して、

もうだめだ〜となった時、


ピピピピピピ

とタイマーが鳴った。


おがくずから出てくださいとの指示で出る。


身体をホウキみたいなので、体についたおがくずをはらってもらう。


そのままシャワーへ直行。


シャワーを浴びながら、腕や胸についたおがくずをはらっていると

なんてことだ!体がもちもちしているではないか!


そこに置いてあるシャンプーやコンディショナー。

筋肉反射テストで、つかえ〜!と出るので、手に出してみる。


おおおーなにが入ってるのか分からないけど

驚くほどツルツルになる。いやしっとりもちもち?

いや、さっぱり軽々?


いろんなCMで出てきそうな言葉で表現をしたいが

とにかく良いということしか出てこない。

なんか自分の体の一部が丁寧な施術を受けた感覚がある。


そして、バスローブに着替えて、今度は顔パックが支給される。


顔に茶色にのり状のものを貼る。


さっきの酵素ジュースを使って手作りをしているらしい。


ベタベタするけど、なんかいい感じがする♡


よっしゃ!

このままマッサージチェアへゴーしようではないか!



サイコー



ダラダラ過ごしていると

そこに一枚のチラシを発見。


もうボーッとしているので、こんな細かい字を読む気にはなれないが

なんか大切な情報が入っている気がしてバッグに忍び込ませた。


オシャンティかと聞かれたら

オシャンティではない。


でも、モノホンか(←古い表現だと理解しつつ)と聞かれたら

モノホン!!と豪語したくなるほど。


このパック、まじ良いわー


高台にあるこの建物の窓から下を見ると緑が一面に見える。

ただ、緑があるというよりは、丁寧に人が手入れをした緑が広がっている感じだ。


人工的な美しさもオシャレで気持ちが上がるのと同時に

人の想いで出来た空間は心が安心する。


思いがけず、素敵な場所に出会ってしまった。



 大高酵素物語

〜大地に根ざした男、大高登のまなざし〜


というタイトルの紙だった。


中にはこんな内容が書いてあった。


これを作った日本人の名前は「大高登」さんという。


彼の母親が野草が病気に効くことをアイヌの人々から教えてもらって

みみずを乾燥させて煎じて飲ませて解熱させたり、小さな傷にはニラを煎じてつけて治したりして病気や傷を治していたと。


「我々は自然によって生かされているのだ。生命あるものは、生命あるものを食べてその命を養わなければならないし、また養われている」


というのが大高登の口癖だった。


そう言って、今でいうエンザイム(酵素)に着目をして1930年の17歳の時に堆肥からヒントを得て植物を発酵させた液体を作り、おそらく日本で初めて作られた酵素飲料の基になったと。


なんか、古臭い言葉というよりも、真理をついてる言葉と感じて

畏敬の念さえこの文章を読んでいて感じたほど。


ただ、その紙面にこんな文章もあった。



「生きるも死ぬのも、全て自然なんだ。生き物は、いずれ死を迎えて自然に帰る。

 植物も、動物も、微生物も皆同じである。」


この文章を読んだ時、私はアッと小さく声に出して驚いた。


私の父は、来年で89歳になる。

まだ髪の毛は黒い部分があり、歯も全て自前である。欠けている歯はない。

それなりに病気もしたけど、毎日元気に家の外の庭で土いじりをしている。


そんな父に私は数年前、子供たちを実家近くの公園に連れて行き、

遊んでいる子供を2人で眺めながら、父に聞いたことがあった。


「死ぬのって怖い?」


なんて失礼な質問か!と思う方もいるかもしれないが

私は父の感じていること、思っていること、全てを知りたいと思っている。


戦時中のことについても、私は彼の歴史として幾度となく質問をした。


終戦を知って、翌日から教科書が黒塗りされた部分が多かったことも

母と一緒に教えてくれた。


毎回「思い出したくもないことだねえ」と母は言い、父は黙ってお酒を飲む。


感情の流し方というのが

忘れる、抑圧する、酒で流すぐらいなのかもしれないが、

なぜ、こんなにもこの年代の人は生命力が強いのかと思う。

そして、相手を思いやる想像力や懐の深さ、そして忍耐力にも優れている。


今、その彼らが読んでいたという教科書の復刻版が出て、少しだが読んでみると

自分を尊重する精神性が高くなりそうな内容が羅列している部分が多いと言う印象だった。


さて、その大高登さんの言葉を読んで、私が驚いた理由。

それは

私が父に死について質問をした時


「僕の考えだけど、土に戻るに過ぎないと思っている。」


と大高登さんと同じことを言ったのだ。


「我々は自然の一部だから、死んだらあの世があるとか、天国だとか、

 そう言うことじゃなくて、私の持論でしかないけど、ただ土に還るだけなんだと

 思うよ。だから悲しいとか寂しいとかは、ないんだ」


なんかよくわからないけど、美しいなって思った。


その考え方が今の彼の生き方に反映しているんだなと。


私は彼のような戦後の方々の復興の力で、

とても豊かな生活をさせてもらっているのだと感じる。


その豊かさを存続しもっともっとと高望みすることで、

自然を壊しているのだろうか、

自然をないがしろしてるのではないだろうかと、

ふと思った。



戦後80年の8月15日の終戦記念日当日ではなかったが

私は、北海道の地で花火が10分間上がるのを見ながら


「こうやってずっと夏の夜空に花火を見るという平和な世界を続けたい」


と子供と一緒に空を見ながら涙を流して見た。


私に何ができるんだろう。


そんな所まで考えが及ぶほど、

私にとっては、この大高酵素のおがくず酵素風呂体験でした。


とてもおすすめです。


ウェブサイトはこちら:https://otaru-ion.com


モノクロから虹色へ


 
 
 

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