アートに生きるか、サイエンスに生きるか


先日ニュースレターを送った時に以下の記事を書きました。

初めの数日はあまり反応がなかったのですが、

その後から色々な方からメイルをいただ来ました。

自分の生き方を見つめた時に

アートに生きているか、サイエンスに生きているか?

もちろんバランスが一番大事なのですが、

そこに目を向けてみると私たちはもっと自分に大切なものを選択して生きることになるんだと思います。

あまりにも反響が多かったので、ブログでもその一部をシェアします。

ニュースレターご希望の方はこちらまで。

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私は赤ちゃんが出来てから、7ヶ月が経ちました。

この7ヶ月で自分の今までの概念や在り方を笑っちゃうほど

ぐるりと

まるで鉄棒で逆さまになって空を見るように

見え方が変わっているのを体験しています。

ある時期、アンドリューとHが出来ない時期がありました。

なんでだろう。

何かが違う。

また、ある時期は、赤ちゃんのスリープトレーニングで悩んだ時期がありました。

(その時のブログはこちら

なんでだろう。

何かが違う。

ある時期は、親との関係で何かが違う時期がありました。

なんだろう。

何かが違う。

そして、夫婦における本だったり

男の人についての本だったり

スリープについての本だったり

子供を育てることについての本だったり

愛の表現(ブログこちら)についての本だったり

色々な本に私は回答を求めました。

この『違う』って言う感覚の正体を突き詰めたくて。

そして、『スローセックス』と言う本の冒頭を読んだときに、

天から雷が落ちるほど、痺れて納得しました。

私の違うって感覚ってこれだったんだ!と。

かの有名な『OM meditation 』を作ったニコールという女性の本なんですけど、

彼女がこんな内容のことを書いていました。

(*覚え書きなので、内容の精密さはかなり曖昧です)

私の祖母は、とっても料理が上手で

私も料理が上手になりたくてクッキングの学校に行ったの。

そして、卒業していよいよ祖母に認めてもらえるって思ったら

全然認めてもらえなかった。

逆に、学校になんか行くからこんなまずいご飯を作るんだって言われる始末。

私の料理に一口も、手をつけてくれなかったわ。

そして、ある日、私は祖母に懇願して

美味しく料理を作る方法を教えてもらったの。

すると、彼女の料理はまるでアート(芸術)だった。

その逆で、私の料理はサイエンス(科学)だったことに気づいたの。

彼女はその日に手に入った野菜によって塩加減を変え

その日の天候によって野菜の切り方を変える。

自分の体調によっても味が変わってくる。

目の前にある全ての自然(天候、野菜、自分の体調など)を統括して

その瞬間にベストなものを作っていくの。

だから、いつも同じようで違うの。

そして、いつも美味しかったんだわ。

その一方で、

私の料理の仕方は、その瞬間は関係ないの。

水の量、塩の量、茹で時間、切り方、など