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愛の表現方法って色々

2018年4月1日
読了時間: 5分

今日、初めて餃子を作りました。

これを教えてくれたのは、大学時代の先輩と大学時代に働いていたバイト先のおかみさんでした。

冬のストーブの前で、一つ一つ餡を皮に詰めて行く作業をするおかみさんが

『これをしている時が一番幸せなのよね』

そう言っていました。

大学時代の先輩も

『うちは家族で1人20個位餃子を食べるんや。

 だから、80個も作らなあかんねん。それが楽しいんや』

そう言っていました。

せっかちの私には、このイチイチくるむ行程がめんどくさくて、

【餃子は中華料理屋で食べるもの】

という結論に至って居ました。

でも、この餃子を作ってくれた大学時代の先輩も、バイト先のおかみさんも

今考えると、頬張って食べる私を笑顔で見つめていてくれたのを思い出します。

そして、今、私も一つ一つ丁寧に餡を餃子の皮(玄米製)を包んでいく行程に

愛を沢山感じています。

これを食べるアンドリューはなんて言うかなぁって。

そんな幸せに感じるのは、

この週末に別の大好きな家族も遊びに来てくれたときに気付いた事があったからです。

彼女達が帰路に着く直前に

『帰り道に、お腹空くかなあ。お芋さん持っていく?』

という私に、水を飲んでいた友達が水を口から吹き出しそうになって

『お芋、いらんわ〜!』

って笑っていました。

私も、その瞬間

「なんでお芋って言ったんやろ?」って思えて笑えて来たんですけど、

彼女達が帰った時に、片付けをしながらふと父と母の事を思い出しました。

私が

東京にダンスのオーディションに行く日や

ロサンゼルスに発つ日

大学受験の朝、など

バスに乗って実家を出るとき、いつも母は私にアルミホイルに焼き芋を包んで

持たせてくれました。

それは私が大人になってからも

アンドリューと鬼怒川温泉に旅行に出かけようと実家を発つ時に

父親がビニール袋に焼き芋をいれて持たせてくれました。(その時のブログ)

私にとって、DNAレベルで、お芋をあげるというのは『愛の表現』として

インプットされているのだと気付きました。

だから、きっと大好きなお友達が帰路に着くときに

無意識に、『お芋持っていく?』って言葉が出たんだと思います。

お芋持っていく?=あなたの事大好きだよ

みたいな。

『愛の表現方法は色々とあるわ。育ちによって違って来る。

 相手がどんな愛の表現を持っているのかを知る事が、

 相手の愛を受け取る事になるのよ』

そして、こんなエピソードを教えてくれました。

『ある夫婦がいてね、

 旦那さんが奥さんから愛を感じないと。

 でも、奥さんは毎日あなたに愛の表現をしているじゃない!

 そう言うと、旦那さんは首を傾げたの。

 奥さんが

 ”あなたがシャワーから出てくる度に、私はバスタオルを拡げて待っているでしょ。

 私が幼少期、よく祖母がそうやって私達兄弟をバスタオルで包んでくれたの。

 それが私にとっては愛を感じる瞬間だったわ。だからあなたにも私が感じた愛をあしているのに気付かなかったの?” 』

そのエピソードの彼女にとってはバスタオルで、

私にとっては、お芋さんをあげるというのが愛の表現方法なのか〜

そう考えると、

私の実家には沢山のお芋が出来て、沢山のお芋を蒸かしてもらった記憶がよみがえり、

沢山の愛に溢れていたんだなあと感じました。

裏庭には必ず父がお芋さんを作ってくれていました。

焚き火をおこして、おばあちゃんから使い古している真っ黒の鍋に

芋をふかして塩をまばらにかける父。

『おい、いず美、お芋さんが粉を吹いているけど食べるか。あんまいぞー』

そうやって、よくガラス窓から声をかけてくれました。

芋作りをする父の愛、芋をもたせる母の愛。

たかが芋だけど、私にとって、芋は愛の象徴です。

そして、アンドリューが初めて父親に挨拶に日本に来た時に

父はアンドリューに芋掘りの手伝いをさせました。

よ!これぞ、芋づる式の愛の連鎖!

そんな事をアンドリューにお話をしました。

そして

『アンドリューの愛の表現方法はなあに?』

そう聞くと、

『僕は毎朝仕事に出る時に必ず君の所にキスをしにいくだろう。』

と。

そう言えば、彼は、必ずまだベッドで寝ている私の所にきて

『How are you feeling ? Have a wonderful happy day. 』

と言います。

そして、その後に犬に対して

『マミーを今日も一日守ってくれよ。そして、マミーと楽しい時間を過ごすんだぞ』

と犬のお腹にキスをして出かけていきます。

私にしては、how are you feeling? って聞かれても

(寝起きでなにを感じているかなんて分からないよ)

て思っていました。

遠くで犬に話しているアンドリューの会話を聞きながら、

(犬が私を守るんちゃうくて、私がいつも抱っこしているんですけど。。。)

ともおもっていました。

そっか、この儀式の様に毎日私に声をかけていく事が、

彼にとっては愛情表現だったんだ。

そう考えたら、毎朝、私は愛を与えてもらって一日を開始していたんだなあと

気付いて、泣けて来てしまいます。

相手の愛情表現を理解して、受け取ったら

愛が周りに溢れている事に気付く物です。

愛なんて、人それぞれ表現方法が違うから、

見過ごしたり、理解して受け取っていなかったり、誤解をしたりする。

愛が無いなんて、勘違いもする。

昔の私は、忙しくて自分の物差しでしか物事を見ていなかった時には

気付かなかった。

昔の私は、愛されていないって思っていた。

昔の私は、愛される為には何をしたら良いんだろう?って本気で悩んでいた。

でも、世界は愛に溢れていた。

そんな愛をもらってた大学時代の事を思い出して、

今日はあの頃に頂いた愛を循環させるべく、私も餃子作りに励むとです。

今晩の、餃子作りが私のアンドリューへの愛の表現だって気付いてくれるかな。

モノクロから虹色へ

 
 
 

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