

肋骨を360度広げると首が整う 呼吸が変わるピラティスの秘密
先週は、ヤムナとピラティスのオンラインレッスンでした。 テーマは、肋骨を全方向から広げること。 前だけでも、横だけでもなく、背中側も含めて、肋骨まわりにぐるりと空間をつくっていく時間です。 レッスン後には、こんな感想をいただきました。 呼吸がしやすくなった。 首の痛みが消えた。 顎が大きく開けられる。 呼吸が入りすぎて、眠たくなった。 他にもこんな長い感想も! 今日は飛び込み参加させていただき ありがとうございました。 結局30分以上遅れてしまいましたが 参加してよかったです。 急いで入ったので最初の自分の呼吸や 肋骨周辺の状態を確認出来ていなかったのですが、 明らかに深呼吸するとカゴがスムーズに広がり 息がすっと入ってきます。 最近第3チャクラが弱っていて 消化吸収もできていない状態だったので、 案内メールに書いてあった鳩尾にも ボールを当てたところ激痛。 鳩尾だけでなく最近寝違えたような 違和感のある右首もなぜか激痛。 鳩尾と首がつながっていることに 慄きながら、まだ2、3割は右首に 違和感が残っていますが随分と軽くなりました。 首をマッサー
Izumi Takiguchi
9月28日読了時間: 8分


最近ブログが増えている理由
子どもが生まれてから、しばらくブログが書けなくなった。 書く時間がなかった、という話だけではない。もちろん時間はなかった。夜は細切れに起きて、昼も休まらなくて、食べることも寝ることも後回しだった。 でも本当に書けなかった理由は、もっと深いところにあった。 私は、私の声がわからなくなっていた。 赤ちゃんの命を守ることに必死で、泣き声ひとつから全部を推測する日々だった。 お腹が空いているのか。 うんちが出ているのか。 眠いのか。 暑いのか。 寒いのか。 ただ抱っこしてほしいのか。 答えは言葉では返ってこない。 だから私は、朦朧とした頭で毎日、推測して、動いて、外して、また推測したその繰り返しが1年ほど続いた。 今振り返ると、あの頃の私は、ずっと見えない問題を解いていたのだと思う。 推測で動く毎日が、私の癖になっていった 子どもを産んでわかったことがある。 なぜ、近所のおばさんたちは、あんなにも人のことを推測だけで判断するように見えたのか。 「あの子は〇〇だから、きっとこうに違いない」 「あの人はあんな言い方をするから、こういう考えなのよ」...
Izumi Takiguchi
9月26日読了時間: 9分


お金から乖離した自分
自分のことは、わかっているつもりでいる。 過去の傷も、苦手なことも、なぜ今の現実が起きているのかも、言葉にできる。 頭では筋が通っている。説明もできる。けれど、なぜか現実が変わらない。 Integrated Healing、いわゆるIHのセッションをしていると、この「自己理解」と「自己一致」のあいだにあるズレをよく見る。 自己理解は、とても大切だ。 自分に何が起きたのかを知ることは、回復の大きな一歩になる。 でも、自己理解だけでは届かない場所がある。 本人が「これが原因です」と思っていることと、体や無意識が「本当はここです」と示してくるものが違うことがある。そのズレに触れたとき、人はふっと静かになる。 言葉ではなく、内側の深いところが反応する。 今回は、経済的不安をテーマにセッションを受けに来てくれた方の話を書きたい。 個人が特定されないよう、細部は調整しています。 お金に縁がないという相談から始まった その方は、東海岸からセッションを受けに来てくれた。 テーマは経済的不安だった。 「自分はお金に縁がないんです」 そう話してくれた。けれど、話を
Izumi Takiguchi
9月25日読了時間: 9分


幸せであることを認めよ
幸せな人は、幸せだと認めていい。 私は本気でそう思っている。 目立つ人は目立っていい。 美しい人は美しいと言われて受け取っていい。 才能がある人は、才能があることを隠さなくていい。 何か素晴らしいことが起きたなら、「ありがとう、嬉しい」と両手で受け取っていい。 それなのに、私たちはなぜか自分の幸せを小さく見せようとする。 「そんなことないです」 「たまたまです」 「私なんて全然です」 もちろん謙虚さが悪いわけではない。 でも、自分に起きた喜びや、神様からもらったものまで無かったことにするなら、 それは誰のためなのだろう。 誰が得をするのだろう。 私はそこに、ずっと不思議さを感じてきた。 幸せを否定する癖はどこから来るのか 先日、とても可愛くて、美しくて、スタイルも良い人がいた。 彼女に素晴らしいことが起きたのに、それを全然受け取らない。 見ていて、私は本当に不思議だった。 「なんでそんなに受け取らないの?」 そう聞いたら、彼女は幼少期の話をしてくれた。 友達に「お嬢様」と呼ばれるのが嫌だったらしい。 そこから、「そんなことない」と否定する癖ができ
Izumi Takiguchi
9月22日読了時間: 9分


人の感情に振り回され
人の感情ほど、当てにならないものはない。 そう言い切ると冷たく聞こえるかもしれない。 けれど、これは人を信じないという話ではない。 むしろ反対で、人の感情を必要以上に背負わないための、やさしい線引きの話だ。 若い頃の私は、周りの反応にすぐ火がつく人間だった。 自分が言ったひと言で、誰かを傷つけたのではないか。 あのときの表情はどういう意味だったのか。 あの人にあんな言い方をされたけれど、私にどうしろというのか。 なぜ私にだけ、あんな口調だったのか。 考え出すと止まらない。 相手の表情や声のトーンが、まるで自分の手持ち花火に着火するみたいに、ボーボーと燃え広がる。 そして最後は、ひとりで燃え尽きて疲れて終わる。 「周りの反応に振り回されたくない」 「人の目を気にする自分をやめたい」 そう思っても、スイッチのようにシャットダウンできるものではない。 人間は社会の中で生きている。 相手の顔色が気になるのは、ある意味では自然なことだ。 ホルモンの揺らぎや体調、過去の経験も、感じ方に影響する。 それでも今は思う。 人の感情は、想像以上にその人自身の事情で動
Izumi Takiguchi
9月20日読了時間: 8分


あなたは誰?
次から次へと悪いことが起こる日って、本当にある。 夫の友人が職を失ったと連絡が入った。 しかも同じタイミングで、犬がひきつけを起こしたらしい。 その最中に車のエンジンランプまで点滅して、修理に出さなければいけなくなったという。 もう、どこから手をつけたらいいのか分からない。 笑えないぐらい、重なるときは重なる。 そんな状況で、彼はこう言ったらしい。 神よ、私に何を気づいて欲しくてこの状況を引き起こしているのですか?あなたのために何をしたらいいですか? 映画でも、ドラマでも、日常でも、聞いたことがあるような言葉だ。 でも私は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がザワッとした。 違和感というより、もう少し乱暴な感情。 怒りに近かったかもしれない。 なぜそんなに反応したのか。 しばらく考えて、たぶん私は「自分がない」感じが苦手なのだと思った。 (実際に今、この言葉を読んでもなんとも!!思わないのに、あの時の私は急にスイッチが入ってざわついた。だから今回は改めてこふっと湧いた感情についてあえて見てみようと思う) 何かが重なる日は、世界まで少し重く見える。 神を
Izumi Takiguchi
9月18日読了時間: 8分


来週、「肋骨全包囲」広げます
「頭がいっぱい」と言うとき、たいてい胸は静かに置き去りにされています。 やることが多い。 考えることが多い。 次の予定、 子どものこと、 仕事のこと、 夕飯のこと、 洗濯物のこと。 頭の中にはタスクがぎゅうぎゅうに詰まっているのに、胸のあたりはしんと固まっている。 反対に「胸がいっぱい」と言うときは、体の中に息が通ります。 うれしい。 満たされる。 幸せだなあと思う。 なぜか家事も進む。 人にもやさしくなれる。 直観みたいなものが、ふわっと頭に落ちてくる。 日本語ってすごいです。 頭いっぱいのとき、私たちは本当に頭だけで生きようとしているのかもしれません。 胸を感じないように、呼吸を止めて、やるべきことを詰め込む。 だからこそ今回は、胸いっぱいになるための肋骨全包囲ワークについて書きます。 ヤムナとピラティスを使って、見落とされがちな胸をぐるっと解放していく話です。 頭いっぱいの日は呼吸が消えている 朝の10分だけで、私の頭はすぐにいっぱいになります。 昨日の夜ご飯を温めて、お弁当に詰める。 そのときにはもう、今晩の夕飯と明日のお弁当になるものを
Izumi Takiguchi
9月17日読了時間: 9分


YouTubeで伝えたいピラティスマットの魅力と難しさ
YouTubeを始めようと思って学び始めたのは、夏休みの合間でした。 最初は、もう少し気軽にできるものだと思っていました。 伝えたいことを整理して、台本を書いて、カメラの前で話して、編集者の方へお渡しする。 言葉にすると、とてもシンプルです。 でも実際にやってみると、想像以上に大変でした。 伝えたいことを書き出して、台本を何度も作り直して、8月末にようやく撮影を始めました。 いざカメラの前に立つと、さっきまで自分の中ではっきりしていたはずのことが、 急にわからなくなる。 話している途中で「あれ、私は何を伝えたかったんだっけ」と止まる。 何度も撮り直す。 正直、途中で一瞬「めんどくせー」と思った時間もありました。 それでも、やっぱりやろうと思いました。 やりたい気持ちのほうが残ったからです。 そして先日、なんとか最初の動画を編集者の方へ提出するところまで漕ぎ着けました。 第一案が送られてきて、ここから訂正修正が行われる ↓ きっかけは夏のワークショップでした この夏、ワークショップをした時のことです。 インストラクターの方々のマット運動を見ていて、
Izumi Takiguchi
9月13日読了時間: 8分


動けるのに動けない人へ 体のつながりを取り戻すヒント
「体は動く。運動もしている。なのに、どこかが思うように動かない」 この感覚を持っている人は、少なくないのかもしれません。 先日、マット養成講座の中で、ゲストの方に来ていただきました。 わたしがその方を指導し、生徒さんたちが観察するという時間です。 来てくださった方は、とても体が動く方でした。 幼少期にバレエを10年ほど経験され、今はテコンドーに励んでいる。 運動歴もあり、集中力もあり、こちらの言葉への反応もとても速い。 ただ、ご本人は「テコンドーで股関節が心地よく動かせない」と話してくれました。 体を見ていくと、確かにバレエで培った使い方が、何十年経った今も体に残っていました。 美しく動ける。 でも、楽に自由に動けているかというと、そこにはまだ余白がある。 その時間は、まさに「動けるのに動けない人へ 体のつながりを取り戻すヒント」を、 目の前の体から教えてもらうようなレッスンでした。 動ける人ほど、自分の弱さを探しにいく 運動経験がある人は、こちらの言葉をすぐに体へ反映できます。 「ここを感じてみて」 「こっちへ押してみて」 「力を抜いて、でも抜
Izumi Takiguchi
9月12日読了時間: 6分


NOと言う勇気がくれる、関係を終わらせる優しさ
「NO」と言うことは、冷たい行為だと思われやすい。 けれど本当は、関係の終わりにしか残せない優しさがある。 先日、友人とそんな話をしていた。 愛情深く育った人ほど、NOの力を知らないのかもしれない、と。 何かがこじれたとき、まず自分を振り返る人がいる。 自分の何が足りなかったのだろう。 あのとき違う言い方をしていたら、もっと穏やかに進んだのだろうか。 相手を傷つけない方法が、どこかにあったのではないか。 その内省は、とても人間らしい。 関係をよくしたいと思うからこそ、自分の言動を見つめる。 相手を責める前に、自分にできたことを考える。 でも、内省をしてもどうにもならない関係がある。 どれだけ丁寧に言葉を選んでも、どれだけ自分を変えようとしても、二進も三進もいかないことがある。 そこで必要になるのが、NOと言う勇気なのだと思う。 内省だけでは救えない関係がある 内省は大切だ。 自分の言葉で誰かを傷つけたかもしれないと考えること。 相手の立場を想像すること。 衝動で動かず、一度立ち止まること。 それは弱さではなく、成熟だと思う。 ただ、内省に
Izumi Takiguchi
9月10日読了時間: 8分


































