更年期の荒波に揉まれて
更年期という言葉を、自分のこととして口にする日が来るなんて思ってもみなかった。
いや、もちろん知識としては知っていた。いつかは誰にでも体の変化が来ることも、ホルモンの波があることも、頭ではわかっていた。
でも、どこかで思っていたのだ。
「こんなに自分の体をケアしている私に、更年期なんて来るのかしら?」
まるで自分が妖精か何かだと思っていた節がある。
ピラティスもしているし、体も動かしているし、食べるものも気にしているし、私はまあまあ大丈夫な人間なのではないか、と。
ところが今の私は、更年期の荒波に揉まれながら、妖精どころか妖怪みたいになっている。
見えている私は元気そうでも、見えないところでくたばっている
ありがたいことに、よく言われる。
「Izumiさん、体力ありますねえ」
いやいやいや。
見えていないところで、しっかりくたばっております。
私の場合、ホットフラッシュやひどい頭痛は今のところない。だから、外から見たらわかりにくいのかもしれない。でも、とにかく体が疲れる。そして、いろいろなことがしちめんどくさくなってくる。
仕事となると、なぜか動ける。
スイッチが入ると、ふわっと体が動く。
でも、それ以外のことになると腰が重い。
家の中の小さな用事。子どものイベント。ちょっとした調べもの。誰が見ても大したことではないことが、今の私にはなかなか重たい。
例えば、ハロウィンの衣装。
この季節になると毎年、「今年は何を着る?」という話になる。頭の中の元気な私は言う。
「今しかないよ。子どもが衣装を着てくれる時期なんて、あっという間だよ。楽しもうよ」
でも体の私は言う。
「探すのが、もう無理」
ネットで検索する。サイズを見る。配達日を確認する。子どもに聞く。候補を出す。
その一連の流れを想像しただけで、私はソファに沈みたくなる。
そしてアンドリューに「今年はどこにハロウィンに行こうか?」なんて言われると、もうおばさん脳が発動する。
「いつも私に決めさせないでよ!」
はい、出ました。
別に悪気がないのはわかっている。そんなに大きな話でもない。だけど、その一言でイラッとしてしまう自分がいる。
母の夕方4時が、今ならわかる
私は母が40歳を超えてから産まれた。
だから、おそらく私が成長していた頃、母は更年期の時期にいたのだと思う。
母はよく、夕方4時になると横になって仮眠をとっていた。
子どもの私には、それがよくわからなかった。
「なんでまた寝るの?」
「なんでそんなに疲れているの?」
肩もいつもバリバリに凝っていた。カナヅチで背中をトントンと叩いていた記憶がある。今思うと、なかなかの光景である。表情も、いつも笑っていたというより、どこか耐えているような顔が多かった気がする。
当時の私は、母のしんどさを理解できなかった。
でも今ならわかる。
あれは怠けていたのではない。
あれは不機嫌だっただけでもない。
体の奥から、何かがごっそり抜けていたのだ。
夕方4時の母。
今の私は、その時間帯の母に会いに行って、「わかるよ」と言いたい。

生理前の私は、完全に受話器が外れている
エストロゲンがガクンと落ちる時期なのか、朝起きた時の自分の顔にびっくりすることがある。
誰ですか、あなたは。
昨日まで人間だったはずでは。
一日中外に出なかった日の私は、もう妖怪である。髪も顔も気力も、全体的にぼんやりと崩れている。鏡を見ると、「ああ、今日も生きているね」と確認する感じになる。
そして生理前。
これがまた、ひどい。
感情的になる。
体が重い。
もう動けない。
走れない。
歩くのも無理。
「誰か、私をおぶってください」
本気でそう言いたくなる日がある。
頭もぼんやりする。口が回らない。言葉が出てこない。脳のどこか遠くで、ツーーーーーーっと受話器が外れっぱなしになっているような感覚。
話しかけられても、返事までに時差がある。
考えようとしても、思考が水の中にいるみたいに遅い。
これが毎日続くわけではない。だから余計に、自分でもつかみにくい。元気な日もある。動ける日もある。人と笑える日もある。
でも突然、ゾンビの日がやってくる。
更年期という荒波は、ずっと高波というより、急に足元をすくわれる波に近い。昨日まで歩けていた砂浜が、今日はぬかるみになっている。
解決策なんて、そんな簡単にあるかい
ここで、きれいな解決策を書けたらいいのかもしれない。
「これをしたら楽になりました」
「この習慣で毎日快適です」
「更年期を前向きに乗り切る3つの方法」
でも、今の正直な気持ちはこうだ。
んなもんあるかい。
もちろん、できることはある。寝る。食べる。動く。笑う。無理をしすぎない。必要なら専門家に相談する。体の変化が強い時は、医療機関で相談することも大切だと思う。
この文章は、あくまで私自身の体感と観察です。更年期の症状や対処法は人によって違うので、つらさが続く場合は医師など専門家に相談してください。
でもそれとは別に、私は今、ただ言いたい。
しんどいものは、しんどい。
めんどくさいものは、めんどくさい。
妖怪の日は、妖怪なのだ。
それを「気合いが足りない」とか「前向きに考えればいい」とかで片づけられると、もう本当にカナヅチを持ち出したくなる。もちろん背中用です。人には使いません。
それでも未来は暗くない
救いもある。
10年ぐらいしたら、「凪」の時が来ることを私は知っている。母を見て知っているし、60代のピラティスのクライアントさんたちを見ていても知っている。
体は変わる。
波も変わる。
今と同じ状態が永遠に続くわけではない。
60代の方たちを見ていると、ある種の軽やかさを感じることがある。もちろん人によって不調はある。でも、若い頃とは違う落ち着きがある。自分の体との付き合い方を、少しずつ覚えてきた人の強さがある。
だから未来は明るい。
少なくとも、ずっとモノクロのままではないと思っている。
今はまだ、色が少ない日がある。
朝から灰色の日もある。
気力の輪郭がぼやけて、自分が自分じゃないみたいな日もある。
でも、ふとした瞬間に色が戻る。
子どもの笑い声。
体を動かしたあとのスッとした感じ。
おいしいごはん。
何でもない会話で笑えた夜。
そういう小さな色を集めながら、私はこの波を越えていくのだと思う。
早く人間になりたい日もあるけれど
今回のブログは、ただの私の更年期に対する観察という名の愚痴です。
「あー、わかる」と思ってもらえたらうれしい。
「へー、そんなことになるの?」と思った方には、ご参考までに。
「つまらねえな」と思った方には、スンマヘン。
えっと、なんだったっけ。
そうそう。
早く人間になりたい。
そんな気持ちでございます。
でも、妖怪の日があっても、ゾンビの日があっても、私は私の体を見捨てないでいたい。文句を言いながらでも、少しずつ付き合っていきたい。
よく寝て、よく食べて、よく動いて、よく笑う。
それを繰り返しながら、この波を過ごす。
モノクロの日もある。
でも、きっとまた虹色の日も来る。
その日まで、今日の私は今日の私をケアして行きます。
ケアして行きます
モノクロから虹色へ



































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