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更年期の荒波に揉まれて

11 時間前
読了時間: 6分

更年期という言葉を、自分のこととして口にする日が来るなんて思ってもみなかった。


いや、もちろん知識としては知っていた。いつかは誰にでも体の変化が来ることも、ホルモンの波があることも、頭ではわかっていた。


でも、どこかで思っていたのだ。


「こんなに自分の体をケアしている私に、更年期なんて来るのかしら?」


まるで自分が妖精か何かだと思っていた節がある。

ピラティスもしているし、体も動かしているし、食べるものも気にしているし、私はまあまあ大丈夫な人間なのではないか、と。


ところが今の私は、更年期の荒波に揉まれながら、妖精どころか妖怪みたいになっている。



見えている私は元気そうでも、見えないところでくたばっている


ありがたいことに、よく言われる。


「Izumiさん、体力ありますねえ」


いやいやいや。

見えていないところで、しっかりくたばっております。


私の場合、ホットフラッシュやひどい頭痛は今のところない。だから、外から見たらわかりにくいのかもしれない。でも、とにかく体が疲れる。そして、いろいろなことがしちめんどくさくなってくる。


仕事となると、なぜか動ける。

スイッチが入ると、ふわっと体が動く。


でも、それ以外のことになると腰が重い。

家の中の小さな用事。子どものイベント。ちょっとした調べもの。誰が見ても大したことではないことが、今の私にはなかなか重たい。


例えば、ハロウィンの衣装。


この季節になると毎年、「今年は何を着る?」という話になる。頭の中の元気な私は言う。


「今しかないよ。子どもが衣装を着てくれる時期なんて、あっという間だよ。楽しもうよ」


でも体の私は言う。


「探すのが、もう無理」


ネットで検索する。サイズを見る。配達日を確認する。子どもに聞く。候補を出す。

その一連の流れを想像しただけで、私はソファに沈みたくなる。


そしてアンドリューに「今年はどこにハロウィンに行こうか?」なんて言われると、もうおばさん脳が発動する。


「いつも私に決めさせないでよ!」


はい、出ました。

別に悪気がないのはわかっている。そんなに大きな話でもない。だけど、その一言でイラッとしてしまう自分がいる。


母の夕方4時が、今ならわかる


私は母が40歳を超えてから産まれた。

だから、おそらく私が成長していた頃、母は更年期の時期にいたのだと思う。


母はよく、夕方4時になると横になって仮眠をとっていた。

子どもの私には、それがよくわからなかった。


「なんでまた寝るの?」

「なんでそんなに疲れているの?」


肩もいつもバリバリに凝っていた。カナヅチで背中をトントンと叩いていた記憶がある。今思うと、なかなかの光景である。表情も、いつも笑っていたというより、どこか耐えているような顔が多かった気がする。


当時の私は、母のしんどさを理解できなかった。

でも今ならわかる。


あれは怠けていたのではない。

あれは不機嫌だっただけでもない。

体の奥から、何かがごっそり抜けていたのだ。


夕方4時の母。

今の私は、その時間帯の母に会いに行って、「わかるよ」と言いたい。


Close-up view of a small hammer and folded towel resting on a tatami mat.
母の肩こりの記憶は、今になって輪郭を持つ。

生理前の私は、完全に受話器が外れている


エストロゲンがガクンと落ちる時期なのか、朝起きた時の自分の顔にびっくりすることがある。


誰ですか、あなたは。

昨日まで人間だったはずでは。


一日中外に出なかった日の私は、もう妖怪である。髪も顔も気力も、全体的にぼんやりと崩れている。鏡を見ると、「ああ、今日も生きているね」と確認する感じになる。


そして生理前。

これがまた、ひどい。


感情的になる。

体が重い。

もう動けない。

走れない。

歩くのも無理。


「誰か、私をおぶってください」


本気でそう言いたくなる日がある。


頭もぼんやりする。口が回らない。言葉が出てこない。脳のどこか遠くで、ツーーーーーーっと受話器が外れっぱなしになっているような感覚。


話しかけられても、返事までに時差がある。

考えようとしても、思考が水の中にいるみたいに遅い。


これが毎日続くわけではない。だから余計に、自分でもつかみにくい。元気な日もある。動ける日もある。人と笑える日もある。


でも突然、ゾンビの日がやってくる。


更年期という荒波は、ずっと高波というより、急に足元をすくわれる波に近い。昨日まで歩けていた砂浜が、今日はぬかるみになっている。


解決策なんて、そんな簡単にあるかい


ここで、きれいな解決策を書けたらいいのかもしれない。


「これをしたら楽になりました」

「この習慣で毎日快適です」

「更年期を前向きに乗り切る3つの方法」


でも、今の正直な気持ちはこうだ。


んなもんあるかい。


もちろん、できることはある。寝る。食べる。動く。笑う。無理をしすぎない。必要なら専門家に相談する。体の変化が強い時は、医療機関で相談することも大切だと思う。


この文章は、あくまで私自身の体感と観察です。更年期の症状や対処法は人によって違うので、つらさが続く場合は医師など専門家に相談してください。


でもそれとは別に、私は今、ただ言いたい。


しんどいものは、しんどい。

めんどくさいものは、めんどくさい。

妖怪の日は、妖怪なのだ。


それを「気合いが足りない」とか「前向きに考えればいい」とかで片づけられると、もう本当にカナヅチを持ち出したくなる。もちろん背中用です。人には使いません。



それでも未来は暗くない


救いもある。


10年ぐらいしたら、「凪」の時が来ることを私は知っている。母を見て知っているし、60代のピラティスのクライアントさんたちを見ていても知っている。


体は変わる。

波も変わる。

今と同じ状態が永遠に続くわけではない。


60代の方たちを見ていると、ある種の軽やかさを感じることがある。もちろん人によって不調はある。でも、若い頃とは違う落ち着きがある。自分の体との付き合い方を、少しずつ覚えてきた人の強さがある。


だから未来は明るい。

少なくとも、ずっとモノクロのままではないと思っている。


今はまだ、色が少ない日がある。

朝から灰色の日もある。

気力の輪郭がぼやけて、自分が自分じゃないみたいな日もある。


でも、ふとした瞬間に色が戻る。

子どもの笑い声。

体を動かしたあとのスッとした感じ。

おいしいごはん。

何でもない会話で笑えた夜。


そういう小さな色を集めながら、私はこの波を越えていくのだと思う。



早く人間になりたい日もあるけれど


今回のブログは、ただの私の更年期に対する観察という名の愚痴です。


「あー、わかる」と思ってもらえたらうれしい。

「へー、そんなことになるの?」と思った方には、ご参考までに。

「つまらねえな」と思った方には、スンマヘン。


えっと、なんだったっけ。


そうそう。

早く人間になりたい。

そんな気持ちでございます。


でも、妖怪の日があっても、ゾンビの日があっても、私は私の体を見捨てないでいたい。文句を言いながらでも、少しずつ付き合っていきたい。


よく寝て、よく食べて、よく動いて、よく笑う。

それを繰り返しながら、この波を過ごす。


モノクロの日もある。

でも、きっとまた虹色の日も来る。


その日まで、今日の私は今日の私をケアして行きます。

ケアして行きます


モノクロから虹色へ

 
 
 

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