Stepping out of comfort zone


(*相手と向き合って、相手のパワーを取戻す為に真剣な愛の空間を作るマチルダ。素敵な一コマでした。)

自分が変わりたいのに変われないもどかしさがある。

そう言うときは、

だいたいが自分の中で『常識』として『〜すべきではない』という事にとらわれているときなのかもしれない。

実は、サンディエゴのクラスで

モジュール2までが終わった時点で、私はなにかもどかしさを感じていました。

もっともっと変容出来るはずなのに。

環境はパーフェクトに整っているのに、

生徒さん達自身がそこに飛び込んでいない様な感じ。

晴天でグラウンドも整備されて、素晴らしい審判もいるのに

野球選手がベンチでずっと座っている様な感覚。

『いつまでベンチ温めとんねん。』

そう思いながらも、私は選手が出てくるのを待っていたと言う感じでした。

ただ、その選手がベンチにずっといる事になにか意味があるのかと思い

何度かクラスが終わった後に、生徒さんの何人かにメッセージを送り、何が起きているのかを聴いていきました。

すると、

『闇には気付いているけど、その闇を誰かに聞かれるなんて堪え難い』

と一人の生徒さんが教えてくれました。(上の写真の女性とは異なります)

私達のヒーリングを一番邪魔するのが『他人からのジャッッジ』だと思います。

『それは、あなたが悪かったのよ』

『それは、あなたがこうだから仕方が無いのよ』

『それは、我慢するしか無いわね』

『それは、相手が悪かったわね』

『それは、過去の事だから忘れなさい』

『それは、あなたって可哀想な人ね』

『それは、不遇だったわね』

そんな風な色々なジャッジ。

つまり、シェアした事で自分がもっとイヤな気分になるコメント。

寄り添う事よりも、ジャッジする事、アドバイスする事、なだめる事、型にはめる事。

そんな風に扱われる事が当たり前過ぎて、

それを浴びる位なら自分の中にとどめておいた方がいい。

だから、そう思って頑に自分の心を閉ざしてしまう。

以前の私は、そうでした。

出来た事だけでも傷ついているのに、そこから他人のジャッジを得るなんて耐えられない。だから、貝の様に1人口を閉ざして、殻にこもる日々を送っていた気がします。

ただ、マチルダのインテグレイティッドヒーリング(IH)は、違います。

ジャッジではなく、

「あなたには素晴らしいパワーがあるのだ。」

そう思い出させてくれる導き方は、そばで見ていてもゾクゾクします。

ただし、そこに彼女が行くには彼女が自分自身に許可を出さないといけません。

IHは無理矢理する事はしないですから。

その闇と向き合い、自分のパワーを取戻したい。

そう思った瞬間に、今までまわらなかった歯車がぐるりとまわるがごとく、

マチルダとIHの大きな愛の元、クラスの中で、彼女は自分の内側に潜む感情と向き合っていました。

セッションの中で『嫉妬』

そうカラダが選んだ時、彼女はしっかりと自分の内側と向き合って言いました。

『幼少期に、私が自分で決めた事で、とてもいやな思いをした事がありました。

 そこから私は、自分で決めた事は良い方向には行かないと思う様になりました。

 でも、自分で自分の人生を決めて、キラキラと自分の人生を生きている人に対して

 私はすごく嫉妬をしているんだと思います。

 ただ、やっぱり自分で決めた事で自分が失敗をして傷つくのは、いやな思いをするのは怖いんです。』

そう、自分と向き合い、正直に発言する彼女の中に私は、強さを見ました。

ただ、その傷に対して、ジャッジが邪魔をする。

『それは、あなたが悪かったのよ』

『それは、あなたがこうだから仕方が無いのよ』

『それは、我慢するしか無いわね』

『それは、相手が悪かったわね』

『それは、過去の事だから忘れなさい』