『でも』隊


(2018年のサンディエゴでの講習会の一コマ。こんな風に笑いも絶えないんです。

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何かにつけて、『でもね』と言う言葉を言う女性がいる。

どんな提案をしても、『でもね、、、』って言って

理論を渡す。

『そっか、じゃあ、こうしてみたらどうだろう?』

そんな風に聞くと

『いや、もうそんな気じゃないから』

と言う。

自分の気持ちを尊重している風に。

『ああ、それいいね!』と彼女が言うのを聞いたことがない。

もしも言うことがあるとすれば、

彼女が既に知っていることだったり、やったことがあったり、

彼女が既にコントロールできる内容のことだったりする。

そんな彼女と話した後は、ぐったりしてしまう。

自分の時間を無駄に過ごしたように感じる。

もう関わるのは、ちょっとしんどいからやめておこうと萎える。

動こうとしない重い石をなんとか動かそうとしてるので、しんどさだけしか残らない。

そして、『でも』を言う彼女の周りには『でも』をいうお友達がいっぱいいる。

ただ、その人たちは知らない。

『でもね〜』って言った後に、ポジティブな発言が出てくる可能性が至極少ないことを。

私は、デモ隊と呼んでいる。

どんなアイディアがきても、盾を前に置いて、跳ね返してしまうデモ隊員。

デモ隊の隊員を発見したら、すぐに私は避難することにしている。

「でも。。。」って言う不快感が伝染するから。

デモ隊員は知らない。

「でも」というと、

未来へのアップテンポの展望は薄れることを。

「でも」というと、

どんなにその前に言ったことがポジティブでも帳消しになってしまう潜在意識のプログラムが発動することを。(つまりネガティブしか残らない)

「でも」というと、

部屋の明かりが暗くなることを

「でも」というと、

自分の可能性を縮めることを

「でも」というと

自分だけではなく他の人に対しても自然と否定的になることを

「でも」というと

恐怖から物事を考えてしまうということを

そんな風にデモ隊を言っているが、

かつて、そのデモ隊のトップを走っていた私。

『いっちょ、でも、って言って雰囲気ぶっ壊してやりますか〜ー』並みに

出藻全開(デモゼンカイ)と刺繍をした服をきて

パラリラパラリラとバイクを乗り回していてもおかしくないぐらいだった。

いや、デモ隊だから、

全ヘルメットから、防弾チョッキ、そして長靴に到るまで。

自分の肌が相手に見せることがないように着込んだという方が正しいか。

外からくるものは全て、自分に大怪我や大火傷をさせるものだと決めつけて

ビビって『でもでも』って口を尖らせて言っていた。

『変わりたい。でも(けど)ね〜』というのが頭の中での癖だった。

変わりたいけど、今の状況だったら不快ながらもなんとかサバイバルする方法は知っているよ。満足ではないけど、でも未知の世界に挑戦して、痛い目にあうよりはマシ。

そんな態度だった気がする。

そう、まるで世界は自分の敵かのような姿勢だった。

世界はこんなに愛に溢れているのに、あの頃のデモ隊の私は知らなかったんだよなぁ。

なぜ、考え方が変わったのか。。。

それはある一人の女性のセッションを目撃したから。

サンディエゴでインテグレイティッド・ヒーリングの講習会を行っていた時、