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心から出る言葉


(*お友達の針灸師の直子ちゃんからせんねん灸を頂き、

  妊娠出産に良いツボに毎日お灸をすえています。アンドリューも一緒に。

  ちなみに膝毛がアンドリューです。)

暑い暑い毎日。

汗をじっとりとかいていく夏が来た感じ。

体温がとにかく高い私は、35°と言われても体感温度45°ぐらいに煮沸している。

あまりにも暑いので

アンドリューは一階のベッドで寝る事にして、私はいつも通り2階の寝室で寝ている。

ただ、今朝明け方の3時半頃、アンドリューが二階のベッドに入って来た。

私もちょうどトイレに行った後で、うっすら目が覚めている感じだったので

『どうしたの?』と聞くと

『いや、ここ最近一緒にいれなくて、なんか淋しいなって思って。』

そう言う彼。

snuggleしたいと彼がいうので、45°の私のカラダは暑いけど、snuggle した。

彼は、30分位すると安心した様で、寝息を立て始めた。

そんな彼を意識の遠くで聞きながら

私もまた深い眠りに落ちていった。

朝目が覚めて、ふと振り返った。

きっと、淋しいなと言う彼に対して、昔の私だったら

『何言ってんの?男のくせに』

と、言葉尻をとったり、ジャッジしたり、否定したりしてたかもしれない。

もしくは

『最近一緒にいれないって言うけど、一昨日2人でビーチ行ったばかりじゃない』

と、理論で返した私もいたかもしれない。

その上

『ちゃんとしてよ、これからお父さんになるんだから。全く頼りないわね』

なんて上から目線で話していたかもしれない。

でも、これらの言葉は私の本音から出て来たというよりも

そう言う状況の時にこういう事を言っている場面を、テレビのホームドラマとか、漫画とか、そう言う事を言っている人をよくみてきたから

パブロフの条件反射の様にこういう時にはこういうッて言う方程式が出来ている中での言葉な気がした。

その刷り込みの言葉であり、私の心からの言葉ではない。

Hi, How are you?

って聞かれたら、自分の気分がどうかな?と考える前に

I am fine thank youッて返答するのが刷り込まれている様に。

こんな感じの刷り込みの【条件反射的な流した】話し方で、

知らないうちに関係が稀薄になっていく事だったり

知らないうちに、傷ついたり傷つけた感覚が有ったりする事が

過去にどれだけあっただろうか。

泣いている子に対して泣くのを止めろという部活の監督。

そう監督も言われて来たから条件反射で言っているのか、

本当に泣かない方が最大の愛とつながると思うから言っているのか。

『あいつ、だせえ』と仲間が言っているから、それに便乗して言っているのか

だせえと言った方が相手の為になると思っていっているのか。

『そんな、良いですよ』とYesが条件反射のごとく出て来て言いながら、

心の中では本当はNOと言いたい時のように。

でも、この流れでYesというしかないじゃない、、、みたいな。

【流れ】に乗って条件反射のように、口から言葉が出て来るとき。

そして、知らないうちに相手も自分もつながる事が出来なくなってたりすることもある。

この世の中で、愛されている感覚を希薄にさせてしまうのが

条件反射から出て来る【流れ】の言葉のような気がする。

「大人なんだから」

「女なんだから」

「父親なんだから」

「男なんだから」

私は一つ信じている事がある。

この世の中には『大人』という

何でも分かっていて、感情もコントロール出来た超スーパー人間なんて存在しないと。

大人も子供も、どちらも結局は、魂をもった1人の人間でしかないと。

大人だって、淋しいと思うし、(子供がお母さんどこ?と泣く様に)

大人だって、触れて欲しいと思うし、(子供がママ抱っこしてという様に)

大人だって、話を聞いて欲しいと思うし、(子供が話しかけられると笑う様に)

大人だって、褒めて欲しいと思うし、(子供がママ見て!ッて言う様に)

大人だって、あなたがやっている事は素晴らしいよって言って欲しい。

(子供がイジけている様に)

その時に、『大人なんだから』と【流れ】で諭されたら、

「もう言わない!」と思うか、「1人でなんとかしないといけない」

と感じて外の社会が敵になって自分が孤立した世界をつくりあげてしまう。

すると、その孤立した世界の中で

「私なんかダメなんじゃないか?」と言う不安に駆られる。

自分に対する自信を失ってしまう。

そして、「何とかしないと」と言う中で結果を残して、自信を取戻そう!安心しよう!と躍起になる。

(doing good をしてfeeling goodを得ようとするパターン)

そして、疲弊してしまう。

こんなに頑張っているのに、いつまでこれを続けないと行けないんだろう。。。。と。

アンドリューが明け方3時半に淋しいと言って手を伸ばしたとき、

きっと彼の中でなにか不安にかられる事があったんだろうと想像した。

これから、出産をしたら、私達が想像もできない世界に入っていくのだから。

男女年齢関係なく、不安になるなんて当たり前だ。

私だって、今の幸せの中で急に不安におそわれる事がある。

その時には、何も言わずに抱きしめて欲しいと思う。

甘えたいと思う。寄り添って欲しいと思う。

だから、

ここで私が彼に『子供じゃないんだから』と【流れの言葉】を言ってしまったら、

彼がシャットダウンするだけではなく、

きっと、わたし自身も甘える事を自分に許さなくなる。

そうしちゃうと、

お互いに、「大人の仮面」をかぶって生きて行くしんどい生活が待っている。

よくテレビで

「男は子供ね、、、」なんて言うのを聞くと、

昔の私は「そういうものか、男性って情けないのね」と思っていた。

でも、今の私は『そりゃ、そうやろ』と感じる。

その後に、『私も子供ですから』と補足文もつけたくなる。

それと同時に、「男は子供ね」と言っている女性自身が、

実際に甘えべたになっているのも感じ取れる。

昔、強い自分でいなくちゃと思っていたとき、

赤ちゃんが泣いた時に抱っこするのは、泣いているから抱っこするんだと思ってた。

パブロフの条件反射のように。

でも、今は、違う見方が浮上して来ている。

私たちは泣きたい場面で、

抱っこして欲しいっていう要求を、本当は感覚的に腹の底から知っているから、

泣いている赤ちゃんを見て、抱っこする事が自然と出てくるんじゃないかって。

だから、大人の私だって泣きたい時に抱っこというか、抱きしめて欲しいと思う。

そこに大人も子供も、そう違いはないんじゃないか?と。

ただ、大人になると抱っこしてくれとは言いがたい世の中になっているだけで。

その代わり、『子供じゃあるまいし』と大人ぶった表現をして、

本当に欲しい物が手に入りにくくなっている。そして愛から離れていく。

本当は、不安になったとき、何のアドバイスもジャッジもいらない。

単に安心したいだけだから。

安心したら、人は自分でやり方を見つけていくものだと思う。

安心にはいつも『愛』が隣り合わせでくっついて来る。

だから、自分の気持ちを素直に伝えられるし、

それに対してどう安心感(愛)をお互いに与えていこうかと考える事が出来る。

彼に言った。

『今の私の頭の中で起こっている不安のストーリーをお話ししても良いかしら?』

『ああ』というアンドリュー。

『あのね、

 妊娠中に、もしくは、子育て中に、疎外感を感じる男性は浮気をするッて言うのを

 聞いて、不安になったの。だからと言って、私はベイビーとつながる事を希薄にして

 あなたが疎外感を感じていないか?と顔色を伺いたくないの。

 もしも万が一、

 その様な事が起きたら、どんな行動を2人で取るか決めておきたいな。』

すると、彼が言った。

『僕が今までして来た事、これからする事は、君がハッピーでベイビーがハッピーで

 安全な場所を君達に提供する事だと思っている。

 もしも、それでも疎外感を感じたり、君がそれを懸念する事があったら、

 必ずそれをお互いに口にしよう。

 そして、

 その度に2人で話し合って、2人が安心する解決策を見つけるってのはどうかな?』

『うん、That sounds goodね。

 そこにお互いの目を1分間見つめ合うッて言う事もいれましょ。

 そしたら、きっとつながって安心すると思うから。』

『オッケー』

安心感を見つける作業をしていく事。

それは、

自分の心に正直になる事であり、条件反射の流れ言葉を禁じる事かもしれない。

相手がパートナーであれ、親子であれ、友人であれ、仕事仲間であれ。

モノクロから虹色へ

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