神聖なヒーリング


最近出産に関する本をたくさん読んでいます。

その中で、

出産をもっと神聖なものとして述べている吉村先生の本

”いのちのためにいのちをかけよ”(地湧社出版)は、

『そういう考えもあるんだなぁ〜。そういう形で出産をしてみたいなあ』

と思って読んでいました。

その中の内容を一部抜粋したいと思います。

『神覚(カンカク)』でお産を診る(P104-P107)

感覚というのは、”神覚”で、まさに神の感覚、それで生きとるんです。お産を診とっても、その神覚でやります。神の御技に委ねることが一番うまくいくんだということ、そして、私の経験から体得した、言葉にはできん瞬間的な判断をする感覚です。

分娩が進行して、何日も生まれんで心配になることは誰でもありますわね。そういう時、私は、物質的な原因がはっきりわかっとる場合には、その原因が医学的、科学的に取り除くことができる単純なものなら、それに手を貸すことは本当に稀にあります。

でも、例え陣痛が弱い場合には、弱いのがうまく赤ちゃんが生まれるための一つの方法であるのかもしれませんからね、それは神がやっとるんですから、待ちます。

よく赤ちゃんがなかなか生まれない、山道をうまく通れないと言って、すぐにお腹を切ってしまうことがありますわな。でも、児心音がちゃんとしておれば大丈夫なんです。

赤ちゃんが産道を通ってくるのはね、ネジと一緒なんですよ。赤ちゃんの頭はまん丸でないもんで、産道に対してオスネジみたいになっとって、一定の方向に回ってこないと下がってこない。だもんで、そのネジみたいなところがちょっとゆがんどったりね、反対に回っわっとたりね、いろいろなことがありよるわけですわ。

そういう場合には、陣痛がカーッと強くなってきて、つまり、押すネジとメスねじの溝側なんでも出そうとして、神通川ガーッと強くなることはある程度はありますよ。人体にものすごく影響をしない程度には強くなりますわ。

中略

そこがもう絶妙と言っていい、うまい具合に陣痛の強さを調節しながら、ムニュムニュ中でやって、メスネジの中に押すネジがうまく入るような状態に変わってくるんですよ。それでもう大丈夫だなという状態になったら、グゥーっと出てくるんですよね。こういうことは、もう神がやっとるとしか思えんわけです。

中略

だから物質的な人間にはようわからんですわね、こういうことは。

お産で陣痛が弱いとなると、陣痛を強くするクスリを使って早く出すのが合理的であり医学的であると考えていること自身がおかしいですよ。

でも、この考えに到達するまではすごい冒険だからね。その冒険をやることによって、われわれが何もやらないことで、神が何をしとるかがわかるわけじゃないですか。

われわれが何かやれば、神のやっておることにいらん手を出して、神がやろうとしていることを妨害しとるんではないかとだんだん思うようになったんです。

それをわしは徹底して行ってきたし、そういう医療をしていると、自分の理性的判断よりも神の行う自然な動きの方がよっぽど合理的でうまくいくということが、長い間の体験でわかったからね。

だから、十年、二十年しかやっとらん産科医療の学問と人間の思惑で、子宮口が全開してから24時間以内に出なきゃいかんなんてただの観念論であってね。もっと深〜い人間の頭で考えてもわからんような分娩のメカニズムがあるのであって、それはまさに神が作られたものであって、その神に従うということがいかに大事であるかが、これまでのわしの産科的実践を通してわかったんです。

中略。

神が人間の命というものを支配しているんだなあということを実感することができた。それはわしにとってすごい幸せだったんです。『神にまかせれば良い』という考え方にますます傾いていったんです。

本当に私自身、女性性を勉強するほど、女性って神様だなあって感じます。

私たち人間は、一つの体に一つの魂しかないです。

その一つの魂を生き生きとさせることですら、一つの体は頑張っているのに、

女性には10ヶ月間、一つの体に、二つの魂を宿す期間があります。

それって凄いことだなあって思うのです。

そして、自分の身を削ってその魂に外に出て生きていくための一つの体を製造する訳ですから、本当に神様の化身だと感じます。

だから、そのプロセスを神の業として、出産も神に委ねるという観念は

なるほどなあと、この文章を通して納得しました。

そんな中、私が助産師さんのインタビューを始めると

『だいたい子宮口が開いて24時間赤ちゃんが出ない時点でおかしいのよ』と

当たり前にいう助産師さんの言葉を聞いたときに、

たぶん、この本を読んでいなかったら、

「そうなんだ」と彼女がいうことを信じて

「24時間かかったけど出てこないから、何か私の体がおかしいのだろう」と疑うのだと思います。

それまでの10ヶ月の神の完全なるプロセスを無視して、

ラストスパートの出産という、神がしようとしていることに対して

「自分の体を疑う」ということをして、人工的な介入を選択するかもしれません。

そして、そのあとの子育てもずっと、「自分を疑う」という視点から

物事の判断をする影響の始まりとなりそうです。

出産という感情がホルモン的にも肉体的にも大きく揺さぶられる状況で

自分が自分をどう扱ったかっていうのは、その後の自分のあり方にとても影響すると

私は自分の経験もクライアントさんのセッションを通じても深く感じています。

マチルダも

emotional charge (感情のたかぶり)が高ければ高いほど、その時に

色々な信念が imprint(刷り込み)されやすいと教えてくれました。

だから、出産という感情の高ぶりの中、刷り込まれる自分への扱い方や、扱われ方を

私は、ポジティブな信念の刷り込みとなるように、

つまり、

自分に力を与える幸せな経験となるように、意識的に選びたいと思っています。