答えは全部自分が知っている

私は少人数のクラスが好きだなと今回の講習会をして思いました。

大人数であれば、それだけのエネルギーが動くから

きっと楽しいのもありますが

講習会中の写真を見直して行くと、

セッションの合間で話していくこ生徒さんとの話が

私にとってはとてもリッチな時間でした。

どれだけの想いを心に秘めているのかを聴けるというのは

私はすごく光栄なことであり、そこに寄り添えることって

私はすごく好きな時間です。


子供の頃から、人の秘密を聞くのが好きでした。

誰にも話したことがなかったけど、あんたなら話せると

近所のおじちゃんやおばちゃん、

親戚なんだろうなと思うおばあちゃん、

そして、ガソリンスタンドのおじさんがよく話してくれました。


母によく『あんた、なんでそんなことを知っているの?』と目を丸くされたものです。


話を聞いているとその人たちの本音が浮かび上がってきます。


言葉尻の中に、 選ぶ言葉の中に。 そして、みんな自分の人生を言葉で言いながら振り返り

言葉を紡ぎながら、整理していく様子は

子供ながらにとっても好きな時間でした。


同じ年の子はみんな、お人形遊びをしていました。


私は、大人の中に入って

あーだこーだ話を聞いているのが好きでした。 ヘビースモーカーのパンチパーマのおばさんが

よく遊びにくると 汚い言葉がガラガラ声に乗って口から飛び出していました。


でも、その汚い言葉よりも、ガラガラ声の奥にある

畜生っていう気持ちが私には聞こえてきていました。


ある日、強さを装ったおばちゃんに

『おばちゃん、ずっと悔しかったね』


そう言うと、

びっくりした顔で私を見て、

その後アンアンと泣きました。


台所でお茶の用意をしていた母がすっ飛んできて

『なにがあったの?』と言いました。


ガラガラ声のおばちゃんは

『いいんだよ、いいんだよ。この子が代弁してくれたんさ』


そう言いながら、

ヤニのついた汚いハンカチでクシャクシャの顔を拭っていました。 おばちゃんが帰ると母から

『余計なことを言うじゃないよ』と頭をこづかれました。 その時の玄関先で見送りながら見た夕陽がまだ頭の中に残っています。 大人になっても色んな人が話をしてくれます。


ちょっと頭が発達してきた私は、

心でその人の言葉に乗ってくる本音を聞くよりも

アドバイスをあげるようになりました。


こうしたらいいんだよ

こうやるとうまくいくよ

こんな考え方でやったらいいんだよ。

でも、ある時からアドバイスっていうのは

人の力を奪うものなのだと気づいて

相手から求められない限りは言わないようになりました。


アドバイスではなく、Invitationという形を取るようになりました。


さて、Integrated Healingの講習会に来るぐらいだから、

みんな自分の内側と向き合う準備はできているのがシェアからも感じられます。

ただ、それでも日常生活の中で

自分が何に引っかかっているかなんて渦中に入っていると見えなくなります。

私は、

アドバイスの代わりに何をするかというと

とにかくその本人が答えを知っているのだから

筋肉反射テストを使って、本人の体に聞いていきます。

私のゲンコツ大の大きさの脳で

誰か他人様の人生を理解してアドバイスをあげるなんて

とっても難しく、できるわけがないのだから。

だから、目の前にいる人が答えをすでに自分の内側に持っているのだから、

そこにアクセスをするだけ。

筋肉に触れるということは、

その人の体、マインド、魂、スピリット全部に触れるということ。

その人の腕に触れると

頭であれやこれやと考えていたところから

ハートにふと繋がる瞬間がある。

そうすると、

ああハートはこう感じていたんだな。

頭で、アーダーコーダー理由つけたり、正当性を探したりしていたけど、私のハートはこうしたかったんだ。

そう感じた瞬間に

筋肉がコクリとうなずく。

そして、その筋肉の反応を体全体で感じて納得をしていく。

それって、誰がいうよりも、どんな言葉よりも

一番納得するんです。

だって、

自分の中から出てきた答えだから。

そこの触れると涙が自然と出てくる。

ほっとしたかのような自分の全体がふわりと脱力する涙。