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神社の境内で

今回の日本の旅は、日頃慣れた自分の生活からすごくかけ離れた場所に身を置いたことで

気づいたことが沢山ありました。


長女は学校に行くと、挨拶ができません。


みんなが「Hi!」と声をかけてくれるのに

黙ってムスッとしいて、たまには「誰あんた?」ぐらいの勢いで

私の太ももにしがみつきます。


「ご挨拶できるかな?」


とか


「あの本で挨拶は親切の一つって書いてあったね」


とか


促してみるけど、一切無視。


でも親しい友達になると、「おはよう!」って大きいこえでお話をするから

どういうこと?って思っていました。


さて、日本に。

もちろん、マジで100%ガン無視。


一時保育で預かってもらっている時も、

先生たちが高いこえで「おはよう!」というけど

ガン無視。


「すみませーん。よろしくお願いしいまーす」


と言うと


「はいはーい。お預かりします」と言いながら


「この本読む?今日は何をして遊ぼうかな。外に行けるかな?」


とプロはずっと子供達に話し続ける。


丸い窓から教室を覗いてみるけど、そう話し続ける先生にガン無視しながら

本を探してる。




ま、いっか。いつか出来るでしょ。



そう思っていた。

両親との実家暮らしは、両親への挨拶から始まる。


「おとーさん、おはよう」


「はい、おはようございます」


娘である私に丁寧に話す父、86歳。


そして、孫にも

「お子さんたち、おはようございます」

と話す。


そして、インターネットがない実家は、まだ回覧板が存在する。


おじいちゃんと一緒に、長女は回覧板を届けに行った。


「こんにちは」

と生協が配達に来る。


「おはようございます」

と新聞屋さんが来る。


「おじーちゃん、おばーちゃん、入るよー」

と義理の姉もくる。


ガス屋さんも、電気屋さんも、ヤマト運輸さんも

「こんにちは〜」と入ってくる。



アメリカの私の家で

ピンポンを押すのは、宗教の勧誘ぐらいかもしれない。


アメリカでは、アマゾンも、郵便局も、フェデックスもみんな、何も言わずにものを置いてく。


でも、ここ日本は、

とにかく、人が挨拶をして出入りする。


そんな実家にいて

私も自然と

「ご苦労様です」

声が出る。


道普請というものが、田舎には存在する。

そこに住んでいる人が集まって、みんなで下水路等の掃除をするのだ。



私たちが公園に行こうとすると

ワラワラと大人が長靴を履いて、首にタオルを巻いて歩いてる。


「あら、ヤダ、なに、滝口さんちのお孫さん?」


そういう声が歩いていると、凱旋パレードのように聞こえてくる。


そして父が「いやーそうなんですよ。もう待ちに待った日がきました」と話す。


ほおっかむりをしたお婆さん、

ボロボロの歯を見られないようにい口に手を当てて話すおばさん、

無口ながらボソボソ話すおじさん

そして

近所に絶対に一人いるお調子者のおじさんも。


いろんな大人が話しかけては、

「あら、可愛いね」と声をかけてくれる。


こんなに、大人に守られている環境で私は育ったのか?と

ちょっと驚きながら娘たちの反応を見ていた。


知らないおばさんも、近所で滝口さんちの娘だからということで

とうもろこしをもらい、

きゅうりをあげると言われ、

家にも沢山あるからいらないと母の声が頭の隅にこだましながら断りきれずに

ビニール袋に詰められる始末。


そして、あたかも前から仲間だというぐらいの感じで話し込み、私もそれに応じる。

いい頃合いが来ると

「あら、〇〇さん!」と言って「じゃあ、失礼します」とペコリと頭を下げて

他に行く。


ついて離れるシャボン玉のような関係を歩いて

娘たちは公園に到着した。


その日は暑くて、公園の代わりに近所の公民館に入ることにした。


近所の子供たちが涼みに「こんにちは〜」と言いながら入ってくる。

そんな光景をアメリカからきた私の娘たちは一心に浴びていた。


そんな毎日だった。どこに行っても。

滝を見に行っても、売店のおばさんが

「あんたっちゃ、可愛いから桃を大きなのをあげるよ」と

出刃包丁で切った桃をそのまま包丁に乗せて渡してくる。


それを暑いセミのなく道端で頬張る長女。


道端で話しかけてくるのは、ホームレスぐらいのカリフォルニア。

私の実家周辺は、人の言葉が行き交う。


昔は煩わしかったきがする。

監視されているようで。

縛られているようで。


でも、外からみると、いいもんだなと思っていた。


そして、私たちは旅に出た。

熱海や、有馬温泉、そして淡路島と。


そこでもいろんな人に会い、いろんな人と話かけられ、いろんなところに預けられ、

いろんな方のお世話になりながら、最終旅行の淡路島に到着した。


雨だった。

傘を借りて、娘たちが先に境内を上がっていく。

上からカップルが降りてきた。


長女が「こんにちは!」そう大きな声で、全く知らない人たちに挨拶をした。

その鳴り響く声をじっとりした雨の空気の中で聞いて、私は驚いた


あんなに挨拶ができなかった子が?!


あんな大きな声で?


私が言ったからって、出来るものじゃない。

本に書いてあるからって、やれるもんじゃない。


親がいろんな人に挨拶をして、親が親そうに話している姿を見て

そうするものなんだと学んでいくのかもしれない。



子供に幸せになって欲しかったら、私が幸せでいること。


子供にパートナーや友人に大切にしてもらいたかったら、私が大切にされている姿を見せること。


子供に笑って自由に生きて欲しいなら、自分も自由に生きること。






子供に何かを「願う」なら、その願いを自分に先に叶えてあげること。




全て私のコピーになるとは思わないけど。

彼女だって考える力があるから。


でも、自分に先に叶えてあげる。

これが一番後回しにしちゃうようで、一番近道なのかもしれないと

神社で手を合わせながら思った。


ということで、翌日の遊園地。

私が一番思いっきり楽しみました。

(人生は楽しいのだ!と伝える目的で。というのは後付けで、ただただ楽しかった)






モノクロから虹色へ


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