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最近ブログが増えている理由

2 日前
読了時間: 9分

子どもが生まれてから、しばらくブログが書けなくなった。


書く時間がなかった、という話だけではない。もちろん時間はなかった。夜は細切れに起きて、昼も休まらなくて、食べることも寝ることも後回しだった。


でも本当に書けなかった理由は、もっと深いところにあった。


私は、私の声がわからなくなっていた。


赤ちゃんの命を守ることに必死で、泣き声ひとつから全部を推測する日々だった。

お腹が空いているのか。

うんちが出ているのか。

眠いのか。

暑いのか。

寒いのか。

ただ抱っこしてほしいのか。


答えは言葉では返ってこない。


だから私は、朦朧とした頭で毎日、推測して、動いて、外して、また推測したその繰り返しが1年ほど続いた。


今振り返ると、あの頃の私は、ずっと見えない問題を解いていたのだと思う。


推測で動く毎日が、私の癖になっていった


子どもを産んでわかったことがある。


なぜ、近所のおばさんたちは、あんなにも人のことを推測だけで判断するように見えたのか。


「あの子は〇〇だから、きっとこうに違いない」

「あの人はあんな言い方をするから、こういう考えなのよ」


若い頃の私は、そういう断定的な物の見方が苦手だった。

苦しんでもいた。

誰かが勝手に決めた枠に入れられることが嫌だったし、その枠を破りたい側にいた。


でも、子どもを産んでみて、少しだけ反対側の景色が見えた。


1日の中で何度も何度も、ランダムに起こる出来事に対して、推測して動かなければいけない。

泣く。

見る。

考える。

対応する。

違ったらまた変える。


それを365日続けると、推測はただの対応ではなくなる。


癖になり、習慣になり、やがて自分の一部みたいになる。


気づけば私も、誰かに対して「きっとそれって、〇〇なんじゃない?」と言うようになっていた。


その口調を自分で聞いて、心の中で思った。


ああ、近所のおばさんたちみたいだ。


それは自虐でもあり、怖さでもあった。

私はあんなふうになりたくなかったはずなのに、いつの間にか同じ回路を使っていた。


公園で出会う価値観に、私の軸は揺れていった


子どもを連れて公園へ行くと、いろいろなお母さんたちに出会った。


今まで深く関わったことのないタイプの人もたくさんいた。職業柄、いろいろな人と出会うことには慣れていたつもりだった。それなのに、子育ての場で出会う価値観は、なぜか私の内側に直接入ってきた。


離乳食のこと。

寝かしつけのこと。

叱り方のこと。

習い事のこと。

テレビを見せるかどうか。

子どもにどこまで合わせるか。


誰かが自分の考えを話すたびに、私は揺れた。


「そっちの方が本当はいいのかな」

「私の考えは甘かったのかな」

「私、ちゃんとできていないのかもしれない」


子育てに正解はない、とよく言われる。


でも正解がない場所ほど、人の意見が大きく聞こえる。

自分の中に確かなものがないと、誰かの言葉がそのまま自分の判断基準になってしまう。



それまでの私は、自分がしたいこと、信じたいこと、大切にしていることがもっとはっきりしていた。むしろ、それを堂々と語っていた。


でも子どもが生まれてから、私は少しずつ自分を疑うようになった。


この子育てでいいのだろうか。

私は母として無能なのではないか。

誰かのやり方の方が、ずっと正しいのではないか。


そう思い始めると、自分の声はどんどん小さくなっていった。


ブログが書けなかった本当の理由


ブログを書こうとしたことは何度もあった。


その時はたしかに、そう思って書いている。

これが今の私の感覚だと信じている。

けれど数日後に読み返すと、急に不安になる。


「これは一方的な見方かもしれない」

「誰かを傷つけるかもしれない」

「もっと違う考えの人もいるのに、こんなふうに書いていいのかな」


そうして私は、何度も文章をゴミ箱に捨てた。


もちろん、ほかの視点を持つことは大切だ。

自分の意見だけを正義にしてしまう怖さもある。


けれどあの頃の私は、他者への配慮をしていたというより、

その他大勢の目の中に自分を溶かしていたのだと思う。


誰かにどう思われるか。

誰かの正しさから外れていないか。

母親として間違っていないか。

人として浅くないか。


書くたびに、私の中にたくさんの顔が並んだ。

公園で会った人、スーパーで会った人、どこかで聞いた育児論、昔の自分を責める声。


その全部に許可を取ろうとしたら、書けるものなんて何も残らなかった。


私は「自分がない」生き方になって苦しくなっていた。

同時に、昔の「自分があると思い込んでいた」生き方を思い出して、苦々しくも感じていた。


何を信じているのか。

何を大切にしたいのか。

私は本当はどうしたいのか。


それがわからなくなっていた。



誰かの世界に逃げても、私の皮膚は切れたままだった


子どもがいる中で、私にできる気晴らしは限られていた。


そのひとつが、Netflixを見ることだった。


誰かの世界に入り込むと、一時的に自分のバラバラした感覚を忘れられた。

物語の中の人たちは、泣いたり、怒ったり、愛したり、選んだりしていた。

私はそれを見ながら、自分の感覚を少し休ませていた。


でも、それは長く続かなかった。


画面を閉じると、また現実に戻る。

子どもは泣く。

家事は残る。

私はまた推測する。

そしてまた、自分の本音がどこにあるのかわからなくなる。


その頃、私の指の皮膚はずっと切れたままだった。


今思えば、からだはずっと教えてくれていたのかもしれない。

私は無理をしている。

自分を置き去りにしている。

誰かの正しさの中で、必死に呼吸しようとしている。


もちろん、皮膚の状態にはいろいろな要因がある。ここで何かを断定したいわけではない。


ただ、私自身の体験として、心とからだがまったく別々ではないことを、あの頃ほど感じた時期はなかった。


私を救ったのは、自分の感覚に戻ることだった


私が救われたのは、キネシオロジーだった。もっと正確に言うと、インテグレイティッドヒーリングだった。


それは私にとって、誰かの正解を外側からもらうものではなかった。

むしろ、自分の内側に戻るための手がかりだった。


自分は何を感じているのか。

本当はどうしたいのか。

何を信じたいのか。

何に違和感があるのか。


そういう小さな感覚を、ひとつずつ拾い直していく時間だった。


二人目が生まれて数か月後、私はIHの講師になり、クラスを教えることになった。

そして数年後、日本でIHを教えた時、私のからだは大きく変わった。


日本に一人で滞在していた2週間。


食べたかったものを、温かいうちに食べた。

子どもが食べるかどうかではなく、自分が食べたいかどうかを基準に選んだ。

大好きな仕事をした。

眠たい時間に寝た。

人と長く話した。

夜に出かけて、お酒を飲んだ。

ホテルでは洋服すらたたまず、毎晩パンツいっちょでゴロゴロしていた。


たったそれだけ。


でも、その「たったそれだけ」が、私にはものすごく大きかった。


母である前に、私はひとりの人間だった。

食べたいものがあり、眠りたいタイミングがあり、話したいことがあり、仕事への喜びがあり、だらしなく過ごす自由もあった。


その感覚を取り戻した時、私はようやく息を吸えた。


あんなに痛かった指は、その日本滞在の間にずいぶん良くなった。

医学的な説明をここでするつもりはない。

ただ私には、自分の感覚を取り戻すことが、想像以上に深くからだへ響いたように感じられた。


誰かの正しいに自分を当てはめると苦しくなる


振り返ってみると、私が一番苦しかったのは、子育てそのものだけではなかった。


もちろん育児は大変だった。

寝不足も、孤独も、終わらない家事も、泣き声に反応し続ける緊張もある。


でも一番苦しかったのは、自分を失って、誰かの「正しい」の中で生きようとしたことだった。


誰かの正しいに自分を当てはめようとすると、いつも少しずつ苦しくなる。


最初は小さな違和感だ。


本当はこうしたいけど、あの人は違うと言っていた。

私はこれでいいと思うけど、世間では良くないのかもしれない。

この子にはこれが合っている気がするけど、育児本には別のことが書いてある。


そうやって自分の感覚を無視し続けると、やがて何を感じていたのかもわからなくなる。


自分を失った子育てから取り戻した本当の私とは、特別に立派な私ではない。


完璧なお母さんでもない。

揺れない人でもない。

いつも正しい選択ができる人でもない。


もっと単純で、もっと生々しい私だ。


温かいごはんを食べたい私。

ひとりで寝たい私。

仕事が好きな私。

人と深く話したい私。

何もしないでゴロゴロしたい私。

自分の言葉で書きたい私。


その私を取り戻すことが、私にとっては回復だった。



もう一度、自分の声で書いていく


今でも私は揺れる。


子育てをしていれば、迷うことはある。

人の意見に影響されることもある。

誰かのやり方を見て、自分を疑う日もある。



では私が子育てがなければよかったというかというと、そんなわけはない。


子育てがあったからこそ、新しい自分を発見し、新しい自分を発掘し、新しい自分を育んできた。


今まで想像もしたことがない自分がそこにいる。だから子育てを否定したいわけじゃない。


ただ、こんなにも意図も簡単に自分を失うことになるなんて私は思いもしなかった。


自分の感覚を後回しにしてでも大切な人がいて大切にできた経験を心から感謝する。


そしてこの夏、私の一番下の子が6歳になった。


お母さん塾で、6歳まで子供との関わりがしっかりしていれば、

6歳になると俄然楽になり、手がかからなってくると学んではいたが

本当にそうだって最近感じている。

宇宙人から人間になった感じがするのだ。



私がブログで書く内容を綺麗事と感じる人もいるかもしれない。


ただ、私がブログで書いていることは、自分が実際に体験してきたことだから、

綺麗事というよりは事実でしかない。


そして自分の皮膚がボロボロに痛みを伴っているという形をクソほど経験してきたからこそ言える。


自分自身の内側と外側が一致していない時こそ、人生は苦しくて痛々しいものになると。



その経験は私には必要だった。

ただ、私がそこから脱出するときはいつでも自分がしたいことを理解して進めたときだった。


だから自分の望みを知り、そこを行動に移して、

自分の外(現実)と内(本音)を一致させることが大事なのだと。


時間はかかる時もある。

下の子が6歳になるまでのこの8年は本当に自分のペースで物事がうまくいくことはなかった。

スタッフやチームや沢山の人の力を借りて、ここまでこさせてもらった。



私が唯一自分の責任として持ち続けてきたことは、


自分の幸せを諦めない

ということだった。


顔が腫れて目ん玉を動かすことすら苦しかった時も、消えていなくなりそうな声しか腹から出ない時も自分の幸せを心の底では絶対に諦めないって思っていた。


そして、ようやく自分が思っていることがクリアになってきて、ブログを書き始めています。


こうやって読んでくださる皆様へ、感謝でいっぱいです。


これからも

どうぞよろしくお願いいたします♡


モノクロかランジいろへ





 
 
 

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