プロセスを信じる力が未来を変える ピラティス養成で学んだこと
更新日:32 分前
「これをやって、どんな利益が私にあるの?」
アメリカで暮らしていると、この問いを耳にすることがよくあります。
渡米したばかりの頃の私は、この言葉をとても合理的で、効率的で、賢い質問だと思っていました。
自分の時間を無駄にしない。
意味のない努力は早めに切る。
結果につながらないことに執着しない。
たしかに、それは大切な視点です。
でも数年経って、私はその問いの落とし穴にも気づきました。
すぐに見える利益だけを求めすぎると、
まだ形になっていない未来を信じる力まで削ってしまうのです。
効率を求めることと、自分を信じることは同じではない
日本にいた頃の私は、努力が実るまで続けることが自然でした。
その道がどこにつながるのか、はっきりとはわからない。
それでも、続けていればきっとどこか素晴らしい場所にたどり着く。
そんな感覚がありました。
今思えば、少し闇雲だったかもしれません。
でもそこには、自分の歩みを信じる強さがありました。
アメリカに来てから、私は別の価値観に触れました。
効率が悪いことは切る。
見込みがなければ早く見切る。
自分の時間を守る。
その考え方は、とてもスマートに見えました。
実際、学ぶべきところもたくさんありました。いつまでも同じ場所で迷い続ける必要はありません。
努力の方向を見直すことも必要です。
けれど、当時の私はその考え方を少し極端に受け取っていたのだと思います。
結果がすぐに見えないものを、価値がないもののように扱っていた。
不安になるたびに、これは効率が悪いのではないかと疑っていた。
先が見えないことを、自分に合っていない証拠のように感じていた。
振り返ると、それは合理性ではなく、ただ自分を信じないことを加速させていた部分もありました。
ピラティスを始めてから20年が経った今、私はようやく少しわかってきました。
合理的であることと、プロセスを信じることは矛盾しないということを。
むしろ、本当に深い学びにはその両方が必要だとわかりました。
1800分の課題で伝えたいこと
2026年の今、私が教えているマットの養成講座は佳境を迎えています。
一般的なマット養成講座は、全体で450時間ほどを要することが多いと思います。
マットだけのコースであれば、もっと短く30時間ほどでしょう。
でも、私が設けているマット養成講座は約136時間です。
通常よりも、100時間ほど
はるかに長い時間をかけます。
そしてそのうち約1800分は、講座生自身がやらなければならないことです。
きっとここまで、受講生は何度もヒーヒー言ってきたと思います。
「できるかな」
「難しいな」
「大丈夫かな」
「終わるのかな」
その声が出てくることは、最初からわかっています。
むしろ、出て当然です。1800分という数字を目の前にしたら、不安にならないほうが不自然です。
でも、私はそこでこう言います。
でも、やるんだよね。
冷たく突き放しているわけではありません。
やらない理由は、探せばいくらでも出てきます。
忙しい。
自信がない。
まだ準備ができていない。
もっと学んでからのほうがいい気がする。
けれど、やらなければ、できる日は来ません。
もちろん、ひとりで放り出すわけではありません。
私も付き合います。
提出されるティーチングには、すべて目を通します。
毎週2回のマットレッスンがあり、毎週集まって講義をします。
身体の変化も見ます。
言葉の変化も見ます。
迷いも見ます。
でも最後は、本人がやるしかありません。

知識は経験を通って知性になる
養成講座の後半になると、内容はさらに深くなります。
骨盤と大腿骨の関係性。
鎖骨、肩甲骨、上腕骨の関係性。
動きの連鎖。
身体の中で起こっている微細なつながり。
これらをただの解剖学として聞くだけなら、知識として頭に入れることはできます。
でも、それだけではマットを教える時の言葉に力が宿りません。
「骨盤を安定させてください」と言うことはできます。
「肩甲骨を意識してください」と言うこともできます。
でも、その言葉が身体のどこから出ているのか。
自分自身の体感として理解しているのか。
他の人の身体の中で何が起きているのかを見ようとしているのか。
そこには大きな差があります。
クラシカルピラティスを学ぶほど、私はこの差を強く感じます。
動きの形だけを覚えることもできます。
でも、形の奥にある意図を身体で受け取り、それを別の身体に伝えるには、経験が必要です。
講座生がやるべき1800分の中心は、教えることです。
自分が変化することも大切です。
実際、毎週のレッスンで彼女たちは大きく変わってきました。
動きの質も、身体の見方も、言葉の選び方も変わってきました。
でも本当の変化は、自分の変化を誰かにシェアした時に起こるのだと思います。
自分の世界だけで完結しているうちは、理解はまだ自分の中に閉じています。
人と関わり、目の前の身体に向き合い、自分の言葉で伝えようとした時、
それまで持っていたものが何倍にも広がります。
教えることで、自分の身体への理解も深まります。
伝えようとして、初めてわかっていなかったことに気づきます。
相手の反応を見て、自分の言葉の曖昧さに気づきます。
うまくいかなかった経験が、次の観察力を育てます。
知識は、そのままではただのうんちくになることがあります。経験を通って初めて、知性になります。
無料は無料ではない
私は、ある意味で資本主義社会にとても感謝しています。
「無料です」と言えば、多くの人が試してくれます。まだ経験の少ないインストラクターにとって、これは本当にありがたいことです。相手にとってはお得に感じられるかもしれません。でも、教える側にとって無料は決して無料ではありません。
そこには、経験という莫大な財産があります。
私自身、振り返ると驚くほど安い金額で、膨大な時間を教えさせてもらってきました。
時には無料に近い形で、たくさんの身体に向き合ってきました。
その時は、これが何になるのだろうと思ったこともあります。
もっと効率よく進む方法があるのではないかと考えたこともあります。
でも今ならわかります。
私はその時間の中で、お金では買えないものをいただいていました。
いろいろな身体を見てきたという経験。
思い通りにいかないレッスンから学んだこと。
言葉が届いた瞬間の感覚。
届かなかった時の悔しさ。
自分の知識の浅さを突きつけられた場面。
全部が、今の私を作っています。
もちろん、すべての身体に対応できると言うつもりはありません。
そんな簡単な話ではありません。
でも、多くの身体に触れ、教えさせていただいた時間があるからこそ、
私の中には確かな自負があります。
その自負は、資格証だけでは生まれません。
本を読んだだけでも生まれません。
講義を聞いただけでも足りません。
人に教え、失敗し、直し、また教える。その繰り返しの中で育ちます。

プロセスを疑いたくなる時こそ、進む時
私が一緒にコースを受けていたアメリカ人女性の中には、「これをやって何になるのかしら」と言う人も多くいました。
その気持ちはわかります。
結果が見えないことに時間を使うのは怖いものです。
終わりが遠く見えるほど、不安になります。
コース終了までに間に合うのかな。
本当に身につくのかな。
私は向いているのかな。
こんなに時間をかける意味があるのかな。
そんな声が聞こえるたびに、私は思います。
ここでプロセスを信じられるかどうかが、未来を変えるのだと。
プロセスを信じるとは、何も考えずに根性で進むことではありません。
方向を見直すことも必要です。
身体を壊すほど無理をする必要もありません。
休むことも、助けを求めることも、学びの一部です。
でも、まだ結果が出ていないという理由だけで、自分の歩みを否定しないこと。
それが大切なのだと思います。
自信があるからやるのではありません。
やるから、自信が育ちます。
わかっているから教えるのではありません。
教えるから、わかっていきます。
準備が完璧だから始めるのではありません。
始めるから、準備すべきことが見えてきます。
圧がかかるから、人は成長します。
責任を持つから、言葉が変わります。
誰かの身体を前にするから、自分の身体の理解も深まります。
未来は、今の繰り返しの先にある
講座生が「やれることをやるしかないよね」と言って、少しずつ動き始める姿を見るたびに、私は心の中で願います。
どうか、このプロセスを信じてほしい。
今はまだ、点にしか見えないかもしれません。
今日のティーチング、今日のレッスン、今日の失敗、今日の気づき。
それぞれは小さく、頼りなく見えるかもしれません。
でも、その点は必ずつながっていきます。
ある日、前よりも人の身体が見えるようになる。
ある日、自分の言葉が相手の動きを変える。
ある日、難しかった解剖学が身体の感覚として立ち上がる。
ある日、あの1800分が自分を支えていたのだとわかる。
その日を先に見せることはできません。だからこそ、私は言い続けます。
プロセスを信じて。

効率は大切です。
合理性も大切です。
何でも長く続ければいいわけではありません。
それでも、人生を本当に変える学びの多くは、すぐに利益を見せてはくれません。
時間の中でしか育たないものがあります。
経験を通らなければ、自分のものにならない知識があります。
やる前から答えを欲しがるのではなく、やりながら答えに近づいていく。
その姿勢こそが、ピラティス養成で私が伝えたいことです。
そして、私自身が20年かけて学んできたことでもあります。
未来を変えるのは、大きな決断だけではありません。
今日もマットに立つこと。
今日も誰かに教えること。
今日も不安を抱えながら、それでも一歩進むこと。
その積み重ねが、いつか確かな力になります。
プロセスを信じる人だけが、その景色を見ることができるのだと思います。
だから私は『Trust the Process』という言葉が好きです。
よっしゃ、マット養成講座終了まであと少し!頑張るぞー。
モノクロから虹色へ







































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