YouTubeで伝えたいピラティスマットの魅力と難しさ
YouTubeを始めようと思って学び始めたのは、夏休みの合間でした。
最初は、もう少し気軽にできるものだと思っていました。
伝えたいことを整理して、台本を書いて、カメラの前で話して、編集者の方へお渡しする。
言葉にすると、とてもシンプルです。
でも実際にやってみると、想像以上に大変でした。
伝えたいことを書き出して、台本を何度も作り直して、8月末にようやく撮影を始めました。
いざカメラの前に立つと、さっきまで自分の中ではっきりしていたはずのことが、
急にわからなくなる。
話している途中で「あれ、私は何を伝えたかったんだっけ」と止まる。
何度も撮り直す。
正直、途中で一瞬「めんどくせー」と思った時間もありました。
それでも、やっぱりやろうと思いました。
やりたい気持ちのほうが残ったからです。
そして先日、なんとか最初の動画を編集者の方へ提出するところまで漕ぎ着けました。
第一案が送られてきて、ここから訂正修正が行われる
↓

きっかけは夏のワークショップでした
この夏、ワークショップをした時のことです。
インストラクターの方々のマット運動を見ていて、いろいろな認識の差を感じました。
動きとして間違っている、という単純な話ではありません。
どの人にも、その人なりの理解や経験があります。
それはとても大切なことです。
でも同時に、見ていて思う場面もありました。
「この使い方は、その人の体には少し合っていないかもしれない」
「ここを別の角度から理解できたら、もっと動きが変わるかもしれない」
「私がこれを20年前に知っていたら、どれだけ違っただろう」
そんなことを何度も感じました。
ピラティスは、形だけを真似しても、必ずしも体に入ってくるわけではありません。
同じエクササイズをしていても、どこを見ているか、どこから動こうとしているかで、まったく別のものになります。
たとえば、マットの上で背骨を丸める動きひとつを取っても、腹筋で頑張っているのか、背骨を一つずつ動かそうとしているのか、股関節や骨盤の感覚があるのかで、体の中に起きていることは変わります。
外から見ると似ていても、中では違うことが起きている。
ここが、マット運動の難しさであり、面白さでもあります。
YouTubeなら熱が冷めないうちに残せると思いました
ワークショップの後、「マット運動をもっと学びたい」という声をいただきました。
その言葉は、すごくうれしかったです。
マットに興味を持ってもらえたことも、もう少し深く知りたいと思ってもらえたことも、私にとっては大きなことでした。
ただ、今の自分の予定を考えると、私が継続的にマットのクラスをたくさん教えていくのは、時間的に難しいと感じました。
その時に、ふと思ったんです。
そうか、YouTubeで伝えればいいんだ。
私が知っているマット運動のこと。
レッスンを受けながら、教えながら、自分の体で試しながら感じてきたこと。
それを動画として少しでも残していけたら、あのワークショップで生まれた熱が、冷めきらないまま続いていくかもしれない。
もちろん、動画で伝えられることには限りがあります。
直接体を見て、声をかけて、その場で調整するレッスンとは違います。
それでも、動画だからこそ届くものもあります。
何度も見返せること。
自分のペースで試せること。
レッスンに来る前に、少しだけ視点を持てること。
マットの動きを、ただの順番ではなく、自分の体を知るための入り口として見られること。
受け止め方は、それぞれでいいと思っています。
大切なのは、動画の内容をそのまま正解にすることではなく、自分の体で試してみることです。
これは体を扱う内容なので、痛みや不安がある場合は無理をせず、必要に応じて専門家に相談してください。
動画はあくまで学びのきっかけです。

私にとってマットはピラティスの基本です
私は、ピラティスのマットはすごく大事だと思っています。
前回のブログでも書きましたが、マットの養成講座には、他の一般的な講座よりも100時間以上多く時間を設けています。なぜなら、マットがピラティスの基本だと思っているからです。
アパレイタスには、スプリングの助けがあります。
バーやストラップもあります。
体に方向を教えてくれるものが、いろいろあります。
一方で、マットは自分の体が中心です。
床と自分の体。
重力。
呼吸。
背骨。
骨盤。
肩。
股関節。
足。
手。
頼れる道具が少ないからこそ、自分がどこでごまかしているのかが見えやすい。
反対に、自分がどこを使えていないのかも見えてきます。
マットはシンプルです。
でも、シンプルだから簡単というわけではありません。
むしろ、シンプルだから逃げ場が少ない笑。
だからこそ、癖が出ます。
私自身、マット運動を毎週レッスンで受けるようになって、10年近くになります。
それだけ続けていても、いまだにマットは難しいです。出来ないこともたくさんあります。
できるようになったと思った動きが、ある日まったく違って感じられることがあります。
以前は力で通していたところが、今は「ここは力を抜くところだったんだ」とわかることもあります。逆に、もっと使うべき場所を避けていたと気づくこともあります。
10年経っても、まだ新しい発見がある。
だから飽きません。
そして、ジョーは本当に天才だなと思います。
エクササイズの並びや、動きのつながりを学べば学ぶほど、体に対する問いかけがすごいと感じます。
マットの難しさは自分の癖が見えることです
マットが難しい理由のひとつは、自分の癖がはっきり出ることです。
腹筋を使っているつもりでも、首や肩で頑張っていることがあります。
股関節を動かしているつもりでも、腰で代わりに動いていることがあります。
背骨を丸めているつもりでも、実は一部だけを固めていることもあります。
これは、悪いことではありません。
体はいつも、自分なりにうまく動こうとしています。
これまでの経験や習慣の中で、なんとか動きを成立させてきた結果です。
でも、そのやり方が今の自分に合っているとは限りません。
マット運動は、そのことを静かに教えてくれます。
「ここは動きにくいんだな」
「ここでいつも力が入るんだな」
「ここを感じるのが苦手なんだな」
そうやって自分の体を見る時間が増えていくと、レッスンの受け方も変わります。
先生の言葉をただ聞くのではなく、自分の体の中で確かめられるようになります。
今回の動画でも、私が感じているポイントを少しでも伝えられたらと思っています。
完璧な形を目指すためではなく、もう一歩奥にある、自分の体の癖や制限を見るために。

撮影してみてわかった伝えることの難しさ
ピラティスを教えることと、動画で伝えることは違いました。
レッスンでは、目の前の人の動きを見ながら言葉を変えられます。
反応を見て、呼吸を見て、力みを見て、その場で伝え方を調整できます。
動画では、それができません。
誰が見ているかわからない。
どんな体の状態で見ているかわからない。
どこで止めて、どこを真似するかわからない。
だからこそ、言葉を選ぶ必要がありました。
何を伝えたいのか。
何を言いすぎないほうがいいのか。
どこまで具体的にするのか。
どこから先は、実際のレッスンで体を見ながら伝えるべきなのか。
台本を作り直したのは、そのためでもあります。
最初は、もっとたくさん話したくなりました。
あれも伝えたい、これも入れたい、と詰め込みたくなる。
でも、詰め込むほど、中心がぼやけてしまう。
撮影中に言葉がわからなくなったのも、きっとそのせいです。
伝えたいことが多すぎると、一番大事なことが見えにくくなる。
これは、ピラティスの動きにも似ているのかもしれません。
頑張りすぎると、本当に使いたいところが感じにくくなる。
余計な力を少し手放した時に、やっと動きの中心が見えてくる。
YouTubeの撮影は大変でしたが、その過程で、私自身もマットについてもう一度整理する時間をもらいました。
次のレッスンで体を見る目が少し変わるように
この動画で、何かすごいことを一気に変えたいわけではありません。
でも、見てくださった方が次にレッスンに来る時、少しだけ体を見る目が変わっていたらうれしいです。
たとえば、動きの順番だけではなく、どこから動き始めているかに気づく。
形ができたかどうかだけではなく、どこに力が入りすぎているかを感じる。
苦手な動きに出会った時に、できないと決めつけるのではなく、体のどこに制限があるのかを見てみる。
その視点があるだけで、マット運動はもっと面白くなります。
ピラティスのマットは、難しいです。10年続けても、まだ難しいです。
でも、その難しさの中に楽しさがあります。
できた、できないだけでは終わらない。
毎回、自分の体の違う面が見えてくる。だから続けたくなる。だから、学び続けたくなる。
私はその面白さを、少しでも動画に残したいと思いました。

最初の一本は、想像していたよりずっと時間がかかりました。
迷いもありましたし、撮り直しもたくさんありました。
それでも、出してよかったと思える動画になっていることを願っています。
私が感じているピラティスマットの魅力と難しさが、少しでも伝わりますように。
そして、見てくださった方がご自身の体で試しながら、「あ、ここかもしれない」と何かを見つけるきっかけになりますように。
ぜひ見てみてください!
モノクロから虹色へ







































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