good mother てなんだろう

アンドリューが言いました。

「この間、一緒に働いている人に言われたんだよ。

 君は色々と子供のために計画をしていろんな所に連れていくけど

 子供たちはそんな事すぐに忘れちゃうよってさ。」


それを聞いて、

(まあ、そうだよね、私も覚えていないし。写真で見て、こんな所に行ったんだぐらいの記憶)


でも、多分だけど子供達を連れて行って、

子供たちの笑顔を見るだけで、私が多分癒されるんだろうなと。


さて、実はホテルでこのブログを書きました。

というのも、アンドリューと二人でお泊まりでした。

二人っきりでデートなのです。


夕ご飯にワインを2杯飲んだ私は、かなり酔っ払い、呂律が回らない感じで

ホテルに帰ってきて、アンドリューは食べ過ぎたと言ってベッドに寝てしまった事19時半。



ロマンチックも何もない。

でも、二人でディナーを食べながら、あーだこーだ話をした時間は

本当にかけがえがなくて、ああ、この時間を頑張って作ってよかったなあと思っています。


さて、横でアンドリューが寝ている間に、

私は、いそいそとこのブログを書いていたわけですが。


子供を置いて、二人でどこかに一泊する事なぞ、考えられなかった私。

でも、今は、必要な時間だなあと思っています

たかだか、ワイン2杯でかなり酔っ払って、

大きな声で歌いながら道を歩き、久しぶりに羽目を外す開放感たらもうたまらない。


駐車場に戻って、車に乗るときに

「ワインを飲み過ぎるとさ、静脈が圧迫されて、

 妊娠の時の痔が戻ってきちゃうんだよねー」ってアンドリューに言ったつもりが


隣に駐車してたおばさんの肩を掴んで言ってて、

「あれ?あなたはアンドリューじゃないですね?」と言ったら

大笑いしてた白人のおばさん。


しかも、「I am sorry for your butt 」って言ってた。


アンドリューは両手で顔を隠して、首を横に振りながら「オーマイガー」って言ってた。


私は、その光景があまりにも滑稽でガハハって大声で笑った。


こんな姿を子供たちは見たことがまだないだろう。

まあ、その内見ることになるだろうけど。


ちょうど、少し前までは私は自分の母親像にすごく疑問を抱いていたと思う。

いい母親じゃないって自分を思っていた。


料理もろくに作れない。

掃除も得意じゃない。

洗濯物も、洗濯機に放り投げるしかできない。

タンスの中は見ない方がいい。

子供が歯を全部虫歯になったのに、仕上げ歯磨きも適当にしかできない。

子供のイヤイヤに誠心誠意、付き合わない。


本当に何も出来てないし、やり遂げるやる気も根気もない。

そして、常識もないなあと思う。


私の母親から、私の姿を見たら、怠慢な母親にうつるのではないかと思う。


でも、昨年末に顔がパンパンになって、コロナにかかって、一つ気づいたことがある。


「いい母親って、なんやねん」


過去の思い出を振り返った時、

私は毎年夏になると、富士山の麓の実家から、両親に船に乗って海に連れて行ってもらっていた。


船に乗って海に行ったのに、海で遊んだ記憶はない。


それよりも、帰宅して、ステテコに着替えて父親が畳に横たわってテレビで巨人戦を見ながら

ビールと枝豆を食べていたのを覚えている。

夏の暑い夕方のセミの音も、じっとした汗ばんだ記憶も覚えている。


そして母はAsahiの小さな缶ビールを飲んで、顔を真っ赤にしていた。


海に連れて行ってもらったことより、帰宅後の時間の方が私の記憶には鮮明に残っていて

その肌感が私の細胞にじっとりと残っているのだ。


母はいつも、掃除をしていた。

出かけるときでさえ、何かに取り憑かれたように玄関の掃き掃除を始めて、

私と父は車の中で「出かけるよ」と急かされてから30分母の掃除を待つことは日常茶飯事だった。


私が「焼きそば」を「そば焼き」と間違えて言ったとき

母が大笑いをしたのを覚えている。


私が駅伝で先頭を争っていたときに、父がスクーターで私の後ろを追いかけていたのを覚えている。

「ほら、あともう少しで6キロだ」という声を今でも私の背後に思い出す。


何かをしてくれて嬉しかったとか、楽しかったことは一切覚えていない。

でも、両親がどんな表情で、どんな雰囲気だったかは鮮明に覚えている。


それを思い出したとき、

私は、子供にどれだけやってやったかよりも、

親がどんな風に人生を過ごしたかが子供の中にいちばんに残るのではないかと感じた。



現に、いろんなクライアントさんを見てきて

もちろん、親に何かを言われたことが傷ついたとか、

こんなことをされたとか、出てくる事も沢山あるけど

それ以上に、親御さん自身が、幸せではなかったことが前提にある気がする。


親御さんが幸せそうではない上で、出てきた子供への歪みが

態度や行動になって出てきたときに、「ほら、やっぱり」という形で子供の記憶に傷として残るのであると。だから、態度や行動がトラウマになるよりも、その前段階で予兆はあったに違いないと感じる。



だから、多少、子供への対応を間違えたところで、言葉の選び方を間違えたところで