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過去の影


時計もない、電波も届かない、山奥の中で私は第二子を孕ってる状態でワークショップを受けに行った時のこと。


女性だけが集まるワークショップで、おそらく100名近くの女性がスタッフも含めていたと思う。


二泊三日のワークは、話すことを一切禁止された環境だった。


話すことで女性は自分の本当の内側を見ることから遠ざけてしまう可能性がある

という理由だったみたい。


そして囚人のように、とにかく黙々と指示された事をしていくワークショップだった。

その事柄は、いろいろあった。

その一つで興味深かったのは、

ヒプノセラピーのように瞑想状態に入って、自分のお城の中に入っていく行程だった。


今考えると、そのお城の中は自分自身の内側であり

自分の今までの人生で溜め込んでいることを外の表出していく内容だった。


夜が更けて、真っ暗な講堂のなか、キャンドルの明かりのみで

参加者は横たわって、ファシリテーターのガイドと共に

自分の中のお城の想像を膨らませていく。


そして、その想像した内容を目の前の画用紙に淡々と描いていく作業だった。


アートセラピーを受けたことも昔はあったが

今回は、もっと枠がきまったはっきりした内容だった。


そして、その中に一つの特別な部屋があった。


そこにいるのは誰ですか?という質問だった。



そこから、このワークショップは切り口を開いていく。


その特別な部屋に誰を入れたのか、ヒプノ状態で出てきた人。

それが、今回自分が見るべきシャドウ(影)だと。


自分の人生に「かげり」を作った状況・ことがら・それにまつわる人。


その影を残り2日かけてじっくりみていくという作業だった。


その後の2日間は、あまりにも苦しい作業だったのを覚えている。


その後カーペットワークと言って、参加者全員の前で

ファシリテーターのガイドに従って、

意識と無意識を交互に行き来しながら、

最終的に、自分の抱えている闇に入っていく。



影は大体、怒りとトラウマで出来ているというけど、

私の場合は、怒りと悲しみだった。



宮沢りえさんがインタビューで

「影があるということは、それを作った光があるということ。

 影を見ることで、その大元の光に気づくんです」


と言っていたのを思い出す。



大きく泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。

その後は、ポッカリと虚無感が残った。


私は、そのワークショップを終えた。

そして、2019のコロナによるシャットダウンがその数日後に始まった。


覚えているのはシャドウを見た時の半端ない体力の失い方だった。


山を降りて、ハツラツとは帰ってこなかった。

でも、山を降りてシティに入ると、世界はこんなにもうるさいのかと思った。


うるさくて、うるさくて、途中で寄った珈琲屋さんの音楽も人の話し声も全てうるさかった。

普段は何も気にならなかったのに。


そして、コロナによって世界が静かになった。

外にいる人も見なくなり、車もほとんど道路を走っていなかった。



虚無感から普通の自分に戻るのに数週間を要した気がする。


のちに、これが「ヒーリングクライシス」と呼ばれるものか。と理解した。



ヒーリングクライシスは、頭痛がしたり吐き気がしたりするというけど、

私の場合は、心がポッカリと空いて、何も手につかなくなった。


まだ1歳の娘を預けて、カウチに横になって泣きながらアナと雪の女王2を見たりして過ごした。


とにかく、自分がどれだけのダメージを受けていたかを目の当たりにしたことで

一杯一杯になって、光を見るどころじゃなかったと思う。



私は、それ以降そのワークショップに戻ろうとは思わなかった。


ただ、泣いて泣いて泣いて泣きじゃくったワークショップが初めてだったわけじゃない。


初めて大泣きしたのは、キネシオロジーのワークショップだった。

そして2回目に大泣きしたのは、インテグレイティッド・ヒーリングの講習会でだった。

そして3回目に大泣きしたのは、インテグレイティッド・ヒーリングの個別セッションだった。


この3回とも、私のシャドウを見るのにすごく成功をしていた。

ただ、セッションが終わった後は、ケロッと普通に過ごすことができた。

それと同時に、自分のいく方向も見えた前向きな気持ちを残すセッションだった。



何が違うのだろうか?


それはキネシオロジーという手法だったからだと私は思う。

ファシリテーターが自分の経験を元に、シャドウを引っ張り出し、見せていくか

ファシリテーターがクライアントの潜在意識のガイドをもとに、シャドウを引っ張り出して見せていくか。


こんなにも大きな違いがあるのか?と。




ヒーリングというと、全てを暴いて綺麗さっぱり大掃除をするぐらいのイメージがあるが

今の私は、違う気持ちでいる。



ヒーリングクライシスをしたときの私は

家に隠れている大蛇(シャドウ)を見つけ、格闘をして、ようやく仕留めて、息絶え絶えになった感じ。


キネシオロジーの手法でワークをした時は、

業者が「お宅に大蛇いますね。大蛇はこういうことを訴えていますけど、どうしていきます?」と言ってもらい、

「ああーそうか、大蛇がそこに住み着くのも仕方がないわね。じゃあこんなふうにしていってください」と言って、新しい家づくりをしていく感じ。


私は、ヒーリングはもっと楽でいいと思う。


全て、もっと楽でいいと思う。


自分の人生をデザインしていくのに、そんな大掛かりなことではない。

もっとサラッと、エレガントに、大きく変えていく体力を持って進めばいいと思う。



山奥でのワークショップを終えて、

改めて、私はインテグレイティッド・ヒーリングのエレガントさ、深さ、軽さ、明るさ、飛躍的さを再確認。


やっぱり、ヒーリングは軽やかでいいんじゃないだろうか?



そこから5年経って、ようやく私自身、仲間と共にもっとインテグレイティッドヒーリングの無料ワークショップを毎月やっていく運びになりました。




軽やかに健やかに癒し、自分として生きていく。


やる内容、面白そうですわ。


また詳細を書きまーす。


でもピンと来た方は、申し込みをした方がいいかもしれないでーす。

20名限定で、早速お申し込みが入っているので💓


モノクロから虹色へ




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