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ある閻魔大王の経験2

時空がぐにゃりと歪んで、Kはスーパーの駐車場に立っていた。

ギャン泣きする声が車の外にいても聞こえるほど。

その車の前に、一人のあの女性が立っていた。

Kは、とっさに怒られると思いながら、車に近づくと

その女性が言った。

『赤ちゃん、ずっと泣いていたんですけど、

 どうかされましたか?』

急な言葉がけにKはビックリした。

(あれ、私、この人にすごく母親失格ってなじられたのに。

 赤ちゃんを泣きっぱなしで置いてくなんて信じられないと怒られたのに)

困惑した表情のKにその女性は言った。

『赤ちゃんを車に残されて行ったから、よほどのことだったのかと察しますが、

 お母さんは、大丈夫ですか?

 私は、子供を持った経験がないから分からないですけど、

 きっと一日の面倒を見るって大変なことですよね。』

Kは、涙腺が緩みそうになるのをグッと堪えた。

そんなこと、旦那さんにも言われたことがないのに。。。。

『何かお手伝いできることはあるかなって思って、変な人が来ないように

 一応、おせっかいかなとは思ったんですが、

 車の前で戻って来られるのを待っていたんです。

 よかった、あなたがしっかりした人のようだったから。

 ちょっと幼児虐待かなって、いろんなニュースの影響か、心配しちゃったんですよ。

 あなたを見て、ホッとしました。』

Kは、振り絞った声で、か細く言った。

『どうも、すみません。ご迷惑をおかけして』

『いえいえ、大丈夫です。

 無事で何よりです。』

恥ずかしさと感謝を感じながら、車に乗り込んで、Kは逃げるように去った。

家に到着して間も無く、玄関をノックする音が聞こえた。

ドアを開けるとそこには二人の警官がいた。

『先ほど、スーパーで赤ちゃんを泣きっぱなしにしていましたか?』

『はい、すみません』

『そうですか。

 どうされましたか?

 赤ちゃんを車に置いていくほど、

 何かお困りのことがあったのではと察するのですが。』

『いえ、、、あの、、、、

 昨日、子供がなかなか寝付けなくて夜中じゅう抱っこしていたんです。 

 今、二人目を妊娠していまして、

 ちょっと体力もなくて、子供を抱っこしながらスーパーに行くのが

 しんどかったんです。

 ほんの5分だからっていう思いで、置いて走って買いに行ったんです。

 この後も、夕ご飯を作って、食べさせて、片付けして、

 おふろ洗って、お風呂に入れて、着替えさせて、寝かしつける体力を残したくて』

『ああ、そうでしたか。

 疲労困憊の中、お子様をスーパーの中に連れて行くのは、とても大変ですよね。

 うちにも2歳の娘がいるのですが、体力についていけなくて困っているんですよ。 

 それでも、やはり警察ですから、任務上の懸念を伝えさせてください。

 もしも、その状況で誘拐があったりしたら、もっと辛いですよね。

 ですから、もしよければ、次回に同じようなことがあった時には

 赤ちゃんも安全で、お母さんも楽ができる別の方法を探すことはできますか?』

『そうですね。。。。近所の友達か、旦那さんにスーパーに立ち寄ってもらうことを

 お願いすることかなと思います。』

『それはいい考えですね。

 今回は本当に何もなくてよかったです。

 安全を確保するのが私たちの役目なので、それを聞けて安心しました。

 では、次回から、そのようにして地域の安全にご協力くださいませ。

 今晩はゆっくりお子さんが休んでくれるといいですね』

そう言って、警察は去って行った。

Kは、何が起きたんだろうか、、、、とポカンとしながらも、

こんなに温かい言葉を正しさの前にかけてもらっていたら、

私は自殺なんて考えなかったかもしれない。

自分に厳しく、正しくあろうと求め

他人からも厳しく正しさを咎められ、

私は自爆したんだ。

正論の前に、愛の言葉があったら、、、、

私の人生は違っていたかもしれない。

正しさよりも愛を。。。

愛って、男女間の愛だと思ってた。

でも、あの駐車場の女性も警官の話し方も愛だった。

私自身が、こんな風に自分にも愛を持って語りかけていたら、、、

そう、Kが思った瞬間に、時空がぐにゃりと歪み、

閻魔大王の行列の扉の前に戻っていた。

ポップコーンを脇に置いて、中継テレビを消し、

慌てて、閻魔大王は死者の行列の扉の前に立った。

今日は終わり!と決めたはずなのに、Kに話を聞いてみたくなったのだ。

「自分の裁きは明日だろう」と、腹をくくっていたKの前に扉を開け

『君は今の神様からのギフトの経験で、何を学んだかね?』

と聞いた。

『ああ、そうだったんですね。神様からのギフトで私はあの瞬間をやり直せたんだ。

 私の選択は、間違っていました。

 罪を償い、地獄へ行きます。

 でも、来世では、

 私は、自分に正しさを求め、正しくないことを責める人間ではなく、

 愛を持って、相手に共感し、理解し、その上で正しさを導ける人間になろうと思います。

 その目標を持って、地獄での修行を乗り越えます。

 神様に、ありがとうございますとお伝えください。

 きっとあのまま死んでいたら、自分を責め続け、地獄でも

 こんな罰をもらって当然だと、もっと自分をいじめ続け、

 来世もまた、自分を惨めに扱うところでしたから。』

あんなに暗かったKの顔が、希望に満ちているのには、驚いた。

自殺した人の顔には思えない。

正しさで、人を公正することはできない。

愛でしか、できないんだ。

そう、神様も言っていた。

「正しさの前に、愛をください。」

僕は、閻魔大王として、この死者たちを裁く前に、どんな愛を与えられるだろうか?

そんなことを思って、地獄行きのスタンプを希望を持って押している自分に気づいた。

モノクロから虹色へ

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