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母のふくらはぎ

7月3日から21日までの約3週日本に帰国。


新しい環境で会ったことも覚えていない大人に囲まれながら

娘たちは必死に自分の気持ちをなだめるかのように

携帯のYouTubeを見ていました。

その食いつき用は、いつもの彼女たちとはちょっと違う感じ。


私は親の心を読みました。


「せっかくこっちにきて、いらっしゃいって思っているのに

 なに、携帯電話に夢中になっているのよ。


 まったく可愛くない子たちね。」


そんな風に言われているんじゃないかと案じる気持ち。


何も言われていないけど、でも何を思っているのかを予想して

ちゃんと動くこと。


それが出来る大人。


そんな昔の私がとっさに出てきて、

あまりにも自然にその行動をしている自分にびっくりしながらも



「ちょっと今、戸惑って携帯を見てるけど

 数日経ったら、この環境に慣れるから」


と弁護しながら、私は子供達をお風呂に入れて寝かしつけました。


朝5時。

時差ぼけの娘たちは元気よく目を覚まし、

「ママ、遊ぼうよ」と言い出しました。


隣りでは父母が寝ている。

そーっと、布団を抜け出して、少し歩いてみる。


朝日が上がる前の、私が知っている田舎の夏。


富士山が大きくそびえ立ち、富士をバックグラウンドに緑のお米のフィールドが広がる。





これぞ夏という光景に

心がノスタルジックにたそがれながら、

私は子供たちを近所に連れて歩きました。


飛び跳ねるカエル。

色とりどりの紫陽花。

コンクリートの下を流れる水。


そして、どこから出てきたのかわからない道路でニョロニョロするミミズ。





これらの全部を自分の子供が体験している姿が愛おしくて、

私は、写真を撮り続ける手が止まりませんでした。


家に戻ると、父が裏庭の畑に子供たちを連れて行き

ブルーベリーや、きゅうり、インゲンに、ナスなどの収穫をさせてくれました。





家の中へ入ると

娘たちは、遊びまわります。


いつも通り、わんぱくな彼女たち。


いつもであれば、好きに元気にのびのびやりなさいという私だけど

実家にいると、その一つ一つの行動に冷や冷やする私。


オートミルクをカップに入れた1歳児。

もちろん、こぼす。


いつもなら、「ま、いいよ。はい、このタオルで拭いてくれる?」という私。

でも、実家では

「何やってんの!」と怒る私。


その変容に驚き戸惑う次女。




珍しい掃除機を見つけて、掃除をしようとする3歳児。


がちゃんがちゃん音がするけど、

いいことじゃん、手伝いたいなんて。やってやって。


と思う。


でも、遠くから母の声がする。


「いいよ、やらなくて。私がやっておくから。かして」


と娘から取り上げる。


昔は父が「やりたいんだから、やらせてあげなさい」と言っていた。

でも耳が遠くなった父は、ここでのやり取りは、もはや聞こえてすらいないだろう。


私が勝手に気まずい気持ちになる。

長女も、怒られたような

なんか気まずい気持ちになる。




娘を悪く思って欲しくない。

悪く言って欲しくない。

私が親として不足だと言って欲しくない。


そんな風に頭でいっぱい考えて行動している私がいた。


なるべく穏便に、なるべく両親に迷惑がかからないように。


そうしてたら、長女が出先で言った。

「もうあのお家に帰りたくない」

「好きじゃない」


ショックだった。

無意識に家族団欒を目指していた私。


みんな仲良く、朗らかに。


そんな「みんなのうた」があった気がした。


私は、娘に言った。

「ママは、おばあちゃんとおじいちゃんのことが大好き。

 ママの、ママとパパだから。


 あなたが好きじゃないっていうのは、聞きたくない。

 それよりも、仲良くなれる方法を探して欲しい。


 日本に来たのは

 あなたたちをおばあちゃんとおじいちゃんに会わせにきただから。」



この私の発言が正しいのかフェアなのかはわからない。

でも本音を言った。


ふと気づいた。

日本にいた時、いつもこうやって頭を使って人の思う気持ちを先回りして考えて行動していたなって。

そして、私が本音を言うことはなかったな、と。


頭をずっとフルに使っていた。


こうしたら、どう思われるんだろう。

こうした方が、好かれるだろう。

これをしたら、嫌われちゃうかも。

こうしないと、常識がないと思われるだろう。


どれだけ自分を取り戻すワークをしてきても、

自分を失った環境に身を置いた時、その時の自分に一瞬で戻るのだから

環境って大きいと改めて感じた。



さて、アンドリューが来日して合流。

そこから、私たちは、ホテル住まいになった。


なぜなら、

実家はまだ和式便所である。

そこでアンドリューが用を足すのは忍びない。


なので、実家の近くのホテルを拠点に、私の兄や義理の姉に遊んでもらい

実家に顔を出した。


ある晩、私はアンドリューに子供二人を預けて実家を訪れることにした。


この頭ばかりの自分は、本来の自分らしくないのだから、

ちょっと自分らしく親と関わる私に戻ろうと計画をした。


夜20時。子供がベッドで寝るのを見て私は実家に車を走らせた。

父親はテレビを見ていた。


洗濯物をしながら、私は、母にも言った。

「娘が、この家は好きじゃない、って言ってる。」と。



母は、表情を変えずに「ふーん」と言った。

さすが戦時中を乗り越えただけある。人の言葉に動じない。


「嫌いだってなんだって、いいよ。

 今更、誰かに好きになってもらおうなんておもわないよ。」


「嫌いだって言ってるんじゃないよ。好きじゃないって言ってるんだよ」


「どういうことよ。」


「だって、いろんなことに口出されたら、どうしていいかわからないじゃん。」


私は、自分が子供だったときの私に戻って訴えている気がした。


「これするな。あれするな。全くもう。じっとしてなさい。しっかり座りなさい。

 仲良くしたいのに、命令ばかりの会話は、好きじゃないよ。」


母は「あら、そう」と言って、用事をしに部屋を去った。


こんな話し方したかったわけじゃないのに!


私は、荷物を整理しながら、母の部屋に行くことにした。


このままじゃ、私は


昔の私に戻った小さく縮こまった何も発言できない自分



自分の発言だけして、変な自由を主張するアメリカかぶれの偉そうな自分


にしかならない。


本当の私は、どんな人とも心を通って話す私じゃん。

それがたとえ、感情を話すのが未知の親であろうとも。


そして、母のいる部屋に向かうと鏡台の前で、顔のお手入れをしていた。


「ねえ、腰が痛いって言ってたね。ふくらはぎをさ、揉んであげるよ」


「あら、そう?」


そして、母は痛い腰をさすりながら布団にうつ伏せになった。


コロナで大好きな踊りに行けなくなった母の体はこの3年でかなり背中が丸まっていた。


母のふくらはぎにクリームをなじませていく。

ゆっくりゆっくりと。

皮膚の下の骨はしっかりと頑丈だった。


足の裏をさすりながら、母に話しかけていく。


母はどんな人なのだろうかと。


「小さい時ね、ウサギの襟巻きをお姉さんと私に母がくれたの。

 私は、それがとても気に入ってね。

 いつも襟に巻いていたの。」


「戦争の時に、爆弾を見たいか?とおじいちゃんに言われてね、

 見たいって不謹慎にも言ってね、

 二階に上がって行ったの。

 そしたら、バラバラと夜空に爆弾が落とされていくの花火みたいでね

 すごく綺麗だったのよね。」


そんな話を聞きながあら、母も人であったと思った。


言われたことや態度で、人を毛嫌いしがちだけど

話を聞いていくと、その人も一生懸命に生きてきた美しさを知る。


そう考えると、きっと彼女の口うるさい言葉も、どこかの誰かのいう言葉や気持ちなのに

まるで自分のもののように乗り移って、次の世代へ受け継がれてしまう。


母は気持ちがいいと言ってウツラウツラと寝始めた。


私は、彼女の体に薄手の夏布団をかけて部屋を出た。


翌日、家に行くと、母は娘たちのためにハンバーグを用意していた。


娘たちは彼女のハンバーグをよく食べた。


「お母さん、今日はよく食べてる。ありがとう。」


母にいうと「ん」という返事。


気持ちを語らない。

でも、彼女の料理から思いを伝えようとするその不器用さに

今になって気づく。


日本滞在で最後の日、母がお金を持たせてくれた。


「せっかく来てくれたのに、何もできなくてごめんね」と言いながら。


「いっぱいしてくれたジャン」と私は言った。


「そう?」


「うん。私を育ててくれた。そして、今、この子たちを私が育てることができているのは

 お母さんがいっぱい私にしてくれたおかげだよ。」


母は私をハッと見上げ、私は母をギュッと抱きしめた。


父にもハグをした。


車に乗り込むと、長女が

「おじいちゃん、おばあちゃん、バイバイ。」と大きな声で言った。


そして、

「おばあちゃん、大好きだよ。

 おじいちゃん、大好きだよ。」


と長女は続けて言った。


その声を聞いて、真っ暗な車の中で、泣きそうになった。


すると、送迎をしてくれた義姉が

「なんか泣きそう」と言った。


あの日に、娘に私の思いを言ってから

娘とおじいちゃんおばあちゃんについての話はしていない。


でも、長女はおじいちゃんの手をつかんでブルーベリーを取りに行くことをお願いし、

おばあちゃんに採ってきたきゅうりを大きなこえで


「おばあちゃん、きゅうり採ってきたよ!」


と話しかけていた。


頭で考えるよりも、やっぱり心なんだと思う。


そこに持っていけた自分に成長を感じていた。


「大きな声で挨拶ができて、ママは嬉しい」

そう娘に伝えると


「だって、おじいちゃん、お耳が遠いからね。」だって。


この世の中にはいろんな人がいることを学び

そして

いろんな人であっても、気持ちを伝えることで繋がれるのだと


学んだ、日本帰国でした。



(*出発の朝、義姉が迎えにきてくれた。帰国中いっぱい助けてくれた。本当に優しいお嫁さんです)


モノクロから虹色へ

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