性教育について パート2

前回のブログの時から、ざわつきが止まらない私。

まだの方はこちらからお読みなすっておくんなまし。

そして、またこのブログに戻ってきておくんなまし。


嫌だなあと思いつつ、

頭の中はざわつきと共同生活をしていました。


いろんな声が頭の中をこだましてました。


(男に気持ち奪われて何もできないふしだらな女)


(色目をつかう女)


(骨抜きになった使い物にならない女)


(男に魂を抜かれてけだるそうに自分の人生を放棄した女)


これらは大嫌いな女の雰囲気。

でも、その一方で大嫌いが故に私自身の行動を狭めていることも少しずつ見えてきます。


例えば、旦那さんが愛する眼差しで見てきても、なんかそこに踏み切って彼を見つめ返してあげれない私。ちょっと冗談で避けちゃう。なんかそこに入ってタイタニックの世界になる自分がアホちゃうかとも想っている。でも、そんなことが出来てるってちょっと幸せかもしれないなあ。


そんな中、なんかこの大嫌いというジャッジメントが

自分の愛の表現の妨げとなっていて、それって被害を被っている旦那さん、かわいそうじゃない?って思えてきて、やっぱりインテグレイティッド・ヒーリングのセッションを自分にすることにしました。


お題は、『あーゆう女』(←もう題名からして、すごく嫌い感が止まらない)


そして、出てきた内容が、私がとても親しくしていた近所のお姉さんでした。

私よりも10歳以上年上のお姉さんが近所にいました。

とっても仲良くしてくれて、私はお姉さんと遊ぶのが好きでした。


私が小さい時は、まだお葬式とかは葬儀屋でやるものではなく

おばさんたちが割烹着を着てみんなでたくさんのお料理を作り、

家にお坊さんが来て遺体に念仏を唱えるお葬式でした。


そういう時は近所の子供たちはこぞって一つの大きな誰かの家のこたつに集まって

みんなでワイワイ遊んでいました。


そんな時におばさんたちの会話で、

私が慕っていたお姉さんが学校で一番モテることを耳にしました。

そして、あまりにもモテるから、お姉さんのお風呂場をみにくる男子生徒もいたという

話を聞きました。


私は、(へーやっぱりあのお姉さんは、すごいんだ!)と自慢に思いました。


そのお姉さんがある日からパタリと遊んでくれなくなりました。

学校から帰ってきたお姉さんを見たときに、なんか変だなあって思っていました。

すると、お姉さんが彼氏ができたことを知りました。


その近所のお姉さんはとっても頭が良くて、とっても美人で、

だから、当時スチュワーデスになるんだと思っていました。


その当時、大体夕方4時ぐらいに電柱の下でおばさんたちが集まって話をしているのをよく見ました。

私は、その中に入ってよくおばさんたちの話を聞いていました。


そしたら、そのお姉さんは、彼氏ができて勉強ができなくなって大学も

英語の上智大学を目指していたけど、短大に入ることになったと聞きました。


そして、ある日、そのお姉さんの家に回覧板を届ける時がきました。

うちの家からではなく、お友達の家が次に届けるのがお姉さんのお家でした。

友達と一緒にお姉さんの家に回覧板を届けにいくと

お姉さんが出てきました。


虚な顔で出てきたお姉さんを見て、私は驚きました。


就職したと聞いていたけど、それもアルバイトの子ができる仕事だって聞いていました。


それでも14歳の私の中では、格好良くて美しくて、多彩でいろんな絵をスケッチブックに書いてくれて

洋服のセンスもいいお姉さんでしたが、

その日のお姉さんを見たときに、私は、驚きました。


あまりにも、面影がなくなっていたから。


そして甘ったるい声になっていました。

変な宗教のも入ったと聞きました。


そのときに私は、


(男に気持ち奪われて何もできないふしだらな女)

(色目をつかう女)

(骨抜きになった使い物にならない女)

(男に魂を抜かれてけだるそうに自分の人生を放棄した女)


と、ジャッジしたのかもしれません。

もしくは、その時はただショックでその後にこういうジャッジを自分の中で

無意識に収集して行ったのかもしれません。


ただ、二日酔いだっただけかもしれない。

仕事に対してだって、意欲を持ってやっていたかもしれない。

勉強だって、彼氏が原因なのではなく、ただ何か別な理由があったのかもしれない。


そんな事を彼女に聞くこともなく、私は周りの情報で彼女を勝手にジャッジし、

勝手にがっかりし、勝手に自分の中で制限を作っていくことになりました。



セッションが終わったとき、

なんだか笑えてきて。


人の人生に、とやかく言ってるとこういう事になるんだよね、、、と。


井戸端会議をしていたおばさんたちの内容は、全部Doing Good だった。


どんな成績で

どんな器量で

どんな大学で