思い出のギター

さて、最近ギターを毎日練習している私です。

なんかふと昔の彼氏のことを思い出したんですよね。


私の昔の彼氏はギターリストになりたかった人でしたから。



ハイキングから帰ってきても、

夕ご飯の後も、

ずっとギターを触りながらピロピロ弾いていました。


特に彼がギターを弾くことに魅了して付き合ったわけではないので、

私は、このギターの何がいいんだろう?と思っていた私。


ギタリストになりたくて

田舎からハリウッドに出てきたけど、

そんなに甘い世界ではないです。


彼の入っていたバンドが、ようやくCDデビューとなった時

彼のバンドのボーカリストがアル中のどん底にヒットし

頭に拳銃をつけて亡くなりました。


そこで元彼の夢は散ってしまいました。


私の働いていたスタジオでは、

いろんな有名な歌手のマネージャーや、専属シェフや、レコード会社の令嬢さんまでがいました。


でも、どの人も元彼の状況を話すと

「そんな話のほうが当たり前だ」と口を揃えて言いました。


それでも、そこにいるほとんどの人は自分の得意なことで地位を確立していったので

夢と経済的成功て、違うのかもしれない?と頭がこんがらがっていた時期でした。


スタジオの駐車場には、眩しく光るベンツやジャガーやロールスロイスが並んでいました。


それに対して、元彼の口癖は

「夢を強く願って努力をすれば、叶うというのは嘘だ」

でした。


何度聞いたことだろうか。


その彼と付き合っていた私の車は、1980年のボロいホンダ。

グルグルと手動で窓を開けるやつ。


元彼は、お金持ちの人のことを、欲深いと呼んでいたっけ。


とても心が優しい彼だけど、メンタルは荒んでいたんだろうな。


私の生活は

外に出れば、夢を叶えたかのような世界の人の生活を垣間見る。

そして

家に帰れば、夢を絶たれた人の生活ぶりを見る。


そんなギャップの生活。


ある日

クライアントさんの誕生日パーティーに招待されて元彼と出かけた時

そのあまりにも豪華なパーティーに私の心は踊りました。


ケータリングされた美味しいご飯。


プールサイドで優雅にビール片手に話すお金持ちの人たちの立ち振る舞いに

庶民の私は、目をキラキラさせて見ていました。


家にある建造物は、どう考えても無駄な物しか置いていない。

でも、それができてしまう家になんか、ほうとため息がもれる。


そんな中 

パッと彼を見ると、彼は何か話してる様子。

何を話しているのかを聞きに行くと、

自分の人生がどれだけ上手く行っていないかを得意に話していた彼。


あそこの機関が対応が悪くて、これだけ待たされたという小さな愚痴から

お金持ちの人の無駄遣いを指摘するような内容まで。


彼と話している人は、彼に同意することもなく

彼に対して可哀想な顔をして去っていきました。


今の私なら、元カレがどれだけ心を痛めていたかがわかります。


男性にとって、彼が獲物を何も捕まえられないでいる一方で、

虎を捕まえた人の家に行くことはきつかったであろう。



でも、その時の私は、帰り道に

「そんなネガティブなことを言っていたら、どんな縁もチャンスも近寄って来れないよ」と

叱責をしたのを覚えています。



もちろん、類は類を呼ぶわけで


私自身も

何がいいとか、

何が悪いとか

そんな価値判断で生きていた気がする。


あの人は偉い。

あの人はダメだ。

あそこの場所は気が良い。

あそこの場所はどうしようもない。


もっと、あーしたほうが良い。

もっと、こうしたほうがいい。


そんな風に言いながら、実際の自分は何も変えずに

毎日同じ日々を過ごしていました。


それが誰に対してか、というと、その彼に対してでした。


彼と一緒にいるだけで、私は心が沈んで重くなっていきました。


そんな彼に、あーしたほうがいい、こうした方がいいと

どこかの心理セラピストばりに文句を言い

変わらない彼を嘆いてるにもかかわらず

私は、彼と一緒に生活をし続けていました。