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危篤状態の母親へのセッション




昨年12月東京でインテグレイティッド・ヒーリングの講習会を行っていた時のこと。


朝、1人の生徒さんから連絡が入り、お母様がもうダメかもしれないと父から連絡が入ったとのこと。


驚いてすぐに彼女に電話をしました。


きっと朝からその情報で心細かったしどうあったらいいのか混乱しただろうと想像をし

私たちがここで出来ることは何かを考えました。


ちょうどその日は代理セッションのやり方を教える日だったので、


彼女に


「もしも、顔を出せるならお母様の代理セッションができるかチェックしてみようか。」


と伝えました。



彼女は「そうします」と言って、講習会会場で会うことに。


私も身支度を整えて、瞑想をして、

「神様、どうか最善を尽くせるよう、私の体を使ってください」と祈り

会場に向かいました。



I Hの代理セッションの興味深いところは、

たとえ、危篤状態であろうが意識不明であろうが、赤ちゃんや動物のように会話ができないであろうが

必ず個人の気持ちを尊重しているところです。


つまり、もしもその個人の潜在意識がやらないと選択をするのならば、どんな状況であろうと

セッションはやらなず、個人の選択を尊重します。


だから、彼女のお母様が必ずしもセッションを希望するわけではないので

セッションができるかどうかわからないまま向かいました。



さて、朝、第一に彼女の体をマッサージテーブルに横たえて

参加者の生徒さんが見守る中、私たちは、代理セッションを始めました。


私はお会いした事もない方。

でも、神聖な気持ちで一つずつの行程を踏み、お母様からセッションの許可が降りたことを確認して

セッションをスタートしました。


「何についてワークをしますか?」


という私からの問いに


マッサージテーブルで代理となっている娘の生徒さんは、


「お母さんが何を私にして欲しいのかを知りたい。」

「お母さんが私に何を伝えたいのかを知りたい。」


と娘の思いを伝えてくれました。


すごくその気持ちはわかります。

残されたご家族は、みんな、一心に旅立つ人のために何かをしたいと願うものです。


でも、セッションはお母様のセッションであって、娘のためのセッションではない。


だから、筋肉は反応をしませんでした。


そして、私は彼女に「お母様は今どんな状態ですか?」と聞くと

「血圧や心拍が下がっている状態」と言ってくれたところで

彼女の筋肉が反応をし、その状態に対してセッションをすることになりました。



お母様は今、この状態から、どう変化をしていきたいんだろう。。。。。


そう話しかけていくと

「血圧が元に戻る」

「呼吸が元に戻る」


など出ていく中で、辛抱強く待っていると、


生徒さんが「あ、自分を愛することかなあ」と言いました。


その瞬間の筋肉の動きに私は驚きました。



ブワー!!!!


と腕が大きく動き、そこに畏敬の念を感じ、喉が詰まって泣きそうになりました。


まるでハートから腕に向かって


大きくイエス!


と言わんばかりに光が流れてくるような感じといいましょうか。


もうすぐ命を終えるとみえる方。


でも、そうじゃないだ。


幾つになっても、自分を愛することって魂が望むことなんだ。。。。



そして私は喉の震えを必死に堪えながら


「私は、自分を愛します」


という文言を言ってもらいました。


生徒さんも泣きながらその言葉を言い、セッションは進んで行きました。


死期が迫っている方の筋肉はとても繊細でこっちが本当に集中をしないととれず

私は全神経を集中させていました。


そして、途中で母親の体から情報が出てきました。


体の反応を見ながら、その講習会会場にある本に反応があり

見守ってくれている生徒さんにページ数を伝えて、番号を伝えて


「そこにはなんて書いてある?」と聞くと


「えっと。。。。ハサミ、、、って書いてあります」


と。


皆目見当がつかない私。


「お母様、自分を愛する、ハサミって何?」


そう聞くと、


「母は園芸が趣味で好きで、使っているハサミがあったんです。それを棺桶に入れて欲しいのかなあ」


と答え、そこで反応があったので、そのまま進んで行きました。


そしてエネルギーを自分を愛するという周波数に変えていくところで、


二つのヒーリングを同時に行って欲しいという要望が出てきました。


一つは、私と代理人の手を使って体にエネルギーを送ること。


もう一つは、、、、、、いろんなヒーリング方法を羅列した表から選ばれず

それを部屋の中から選ぶことになりました。


なんだ、なんだ、どこだ?


ゆっくり一つずつ体に丁寧に聞いていくと

母親の潜在意識は、娘を指定しました。


代理になっている娘にどうして欲しい?


娘に話してほしい。


何を???


私がどう愛されていたかを言ってほしい。




そして、それを代理をしている本人に伝えました。


「お母様をどんなふうに愛してたかを伝えてくれる?」と。


一瞬たじろいだ彼女。

でも、息を深く吸って


「お母さん、私は、、、、」


と話し始めました。


ひとしきり、彼女が母親に語りかけた後、

さっきの弱々しい彼女の筋肉はしっかりっと生命力を取り戻した強さを持って

私たちは残りのセッションの行程を終えて行きました。



死期に娘たちに、どれだけ娘たちが私のことを好きだったかを聞けることを想像をした時、

私は、心が震えるほど嬉しいだろうと、心が今でも震えます。


死に逝く方をどう見送るか。どう偲ぶか。


そんな姿を考えさせられた美しいセッションでした。


そして、最終的には娘である生徒さんが冒頭に聞いてくれた


何をして欲しいのか

家族に伝えたいことは何かあるか?


その両方をちゃんと答えてくれた形でセッションは終了していました。



このセッションを終えて


故人となる親がどんな人で、どんな恩恵をもたらしてくれたか、どんな素敵な人だったか、

その親の命がどれだけ私に幸せをもたらしたか


それって追悼する姿なんだなあと感じたセッションでした。。


そして、彼女にとってこの経験はどうであったか。彼女からのメッセージをいただきましたので、

こちらに添付をさせていただきます。


【危篤の母の代理セッション 感想】

まさか私にこんな事が起こるなんて、その日の朝まで想像もしていませんでした。

でも、今、振り返ってみて、全てがあまりにもタイミングが良すぎて、神様からの私と母へのギフトだったんだなぁと本当の感謝しています。


セッション当日の早朝、突然、父から母が危篤状態で、もうすぐにでも危ないような連絡がありました。

母は2年半前に脳出血で寝たきりになっていましたが、容態は落ち着いていて、そんなに悪くは無いと思っていたから、寝耳に水。


「私が何年もずっと心待ちにしていたIH講習会の最中に、何でこのタイミングなの!? 私の邪魔しないで!!」

母の危篤の知らせに動揺しつつ、一番強く感じたのは怒りと苛立ち。


このまま何もしないで、諦めて実家に直行するだなんて、イヤだ!!!


そう思いつつ、帰らないという選択も出来なかった私は、講師のいずみさんに連絡したところ、


「今日の午前中はちょうど代理セッションをする予定だから、

もしご希望であればお母さんの代理セッションしてみる?」


と提案して頂き、飛び付きました。


今やりたいことを諦めて、実家に帰る心の準備をする為の時間を貰ったことで、パニックになっていた心が落ち着いて、母のことを受け容れて、実家に帰ると私自身が選択し、決断出来ました。


緊張してセッション会場に到着。


代理セッションの説明をみんなと一緒に受けて、代理セッション開始。


「本当に、出来るのかな?」


まだ息を引き取ったという連絡は来ていない。間に合ってくれるはず。


だけど、母は代理セッションの許可をくれるのか…。不安と緊張でぎこちなくベッドに上がった。


母の代理になったら、何だか力が入らなくて腕が重く感じ、腕を上げているのが大変になった。


セッションのお題を決める時、この代理セッションで、

『私が母に出来る事』や、『母から私に伝えたいこと』と言ってみたが、反応が無い。


「え?これじゃないんだ…。じゃぁ、まさか、私と同じなのか!?」そう思って、言ってみた。


「自分を愛する?」


「うん、それだね」と言ういずみさんの返事に苦笑い。


「母さんもなのね。」


セッションが進み、調整で、2つのことを同時にやるというものが選ばれた。


そのうちの一つは、私とプラクティショナーのそれぞれの両手をお腹と胸と眉間と頭頂部に当てるものだったから、


「え?同時にもう一つって無理じゃない?」そう思いつつ、もう一つのサポートアイテム探しが進んでいったが、なかなか見つからない。


「この会場にあるヒーリンググッズなんだねぇ。何だろう?」

と他人事のようにぼんやり聞いていたら、何とそれは私だった。


しかも、「母をどんな風に愛していたか言って欲しい」だと~?


みんなの前で、言わなきゃいけないの?


ドキドキしつつも、腹を決めて正直に言うことにした。


「そうだねぇ。私、母さんのことをあまり上手に愛せてなかったと思う。だけど、この丈夫な身体を貰ったし、育てて貰ったよね。しかも、母さんは、どんなに大変な時も、私を見捨てなかった。でも、私は、母さんが倒れた時、もう私の母さんじゃない。母さんはもう居ないんだって、見捨ててたかも。ゴメンね。こんなにたくさんのものを貰って、愛して貰ってたんだね。ありがとう。愛してるよ。」


涙が溢れて、止まらなくなり、泣きながら母に届けたいと、思いを声にした。


もう、みんなが見ていることへの躊躇はなくなっていた。


そして、その時、母のとてもノーブルで美しい顔のイメージが浮かんできた。


ちょっと冷たい感じがして、何でだろうと思いつつ、「母さんは母さんを愛せたんだなぁ。」という気がした。


セッションが無事に終わって、母さんの代理も終わると、その瞬間から腕に力が入って、楽に腕が上がってビックリ。


やっぱり、母さんの代理だったんだなぁ。


『最期に母と魂のレベルで繋がれて、母が誇りを取り戻し、自分自身を愛される価値のあるものだと認め、愛することをサポート出来た。』



そう思える事で、私自身にも力が漲り、早く母の元に行ってあげたいと感じられました。


そして、その後の流れも、導かれているかのようにとてもスムーズでした。


電車はタイミングよく来るし

一本前の新幹線にも間に合って、地元の駅でもちょうど1台だけタクシーが居て、

その運転手さんは、実家の方の場所もよく知っている方で、最短で到着出来ました。


早朝は、意識がなく、血圧が測定出来ないくらい低くて顔も土色で、今にも亡くなるかと思われる程だったそうなのに、私が到着した時は、呼吸も穏やかで、何とか脈が触れるくらいには血圧も上がっていて、落ち着いていた。


「あれ?ひょっとして、今日すぐに返ってこなくても大丈夫だったんじゃない?」と思う程で、

実際、その後2回も新しい朝を迎え、家族みんなから感謝と愛をたっぷり貰って、私達に見守られて、眠るように穏やかに息を引き取りました。


そして、とても美しい死顔で、私が(セッション中に)見たのは、この顔だったのかと、

後から気付きました。


その後の葬儀までの慌しい時間も、母が自分を愛して、穏やかに旅立てるように全力で父をサポートして、見送る事が出来ました。


代理セッションは、私自身にとっても、本当に大きな力を与えてくれました。


母と繋がり、母に感謝と愛を伝え、和解して、後悔が無い状態で臨む事が出来ていたからこそ、ありのままの私自身として、哀しくても穏やかに力強くそこにいられたんだなぁと感じています。


もし、代理セッションを受けていなければ、私は母に何もしてあげられなかった。母が倒れた時、自分は母を見捨てていた。


申し訳なかったと、きっと後悔と罪悪感が残っただろうと感じています。


それが、私に出来ることは精一杯やりきった。


母にとっても、私にとっても、最高の最期を迎えられた。


私は充分やってあげられて、ありがたかったと感じられて、本当に感謝しています。


素晴らしいセッションと経験をありがとうございました。



私にとって彼女のメッセージで印象的だったのは

「このセッションを受けていなければ、

母に対して申し訳なかったと、きっと後悔と罪悪感が残っただろうと感じていた」


というこの言葉。


私も誰かが亡くなった時、私はこの方のために最善を尽くせただろうか?

もっと何かが出来たのではないか?と少なからず反省をするのではないかと思うんです。


そして、そこに苦悩し心を痛めてきた方もセッションを通じてたくさんみてきました。


我が子が望むことが十分にできただろうか?

ペットがほしいものを与えれただろうか?

もっと何かできたのではないか?


でも、セッションを通じて本人が望むことをしり、

そこに向けて精一杯力を尽くせた時、罪悪感に時間を過ごすのではないのだなあ


もちろん親を亡くして涙はまだ出てくるでしょう。

ただ、本当に心を込めて看取ることができたっていうのは

逝く方にとっても、残された方にとっても本当に愛に溢れる時間だったのだろうと

想像をします。


私自身も、色々と考えさせられるセッションで

この美しい時間に立ち合わせていただいたことに心から感謝でいっぱいです。



モノクロから虹色へ

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