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人と触れ合うこと

最近、思うことがある。


私の仕事も7割がオンラインに切り替わった。


クラスも、個人レッスンも、セッションも。


生身の人間に会って仕事をするのは、本当に機会が少なくなった。


オンラインで私自身もクラスを取り、オーディオブックを読み、

家の中で、いろんな人に会っている気がする。


でも、実際には触れ合っていない。


触れていない。


自分の隠したいところは、自分のペースで隠すことができる。


例えば、クラスでオナラがしたくなる。


対面であれば、オナラが漏れないように我慢をする自分が存在する。


でも、ミュートにしてオナラが相手に聞こえないことが楽々可能なのだ。


あの、一瞬、オナラをしたくて狼狽える自分に対面することがなくなる。

ああ、あの時、調子に乗ってチーズを食べたからかなとか、

自分を振り返っていた時間がなくなるのだ。


一緒にいるのに一緒にいない。

一緒に時間を過ごしているのに、一緒に毎秒を共有しているわけではない。



ワークショップにしても、

『二人組になってください』との指示が、しょっちゅうある。


二人組になるときに、


自分が二人組になりたい相手はどこにいるか?

誰か自分と組んでくれるのか?

二人組になって、話が合う人はどこ?

さっき、あの人と会話できたから、あの人と一緒になりたい!

この人と組みたくないな


など、

心の中の癖や葛藤があらわになる。

この心の葛藤が既にワークだけど、

オンラインだとなかなか、その心の中のドタバタを感じる機会が乏しい。


隠すところは隠せる。


時間になったら、決められたグループにサーっと連れて行かれる。


そしてミュートボタンを押して、オナラをしたり、ゲップをしたりが出来てしまう。

そんな自分の画面をオフすることができてしまう。


対面だったら、

口が臭かったらどうしよう。

眉毛の間の毛を剃り忘れた!


と自意識過剰になったり、


この人の親指の爪、汚いなあ

この人、耳毛がびっくりするところから生えてる


とか、人の粗探し、で、自分の弱い気持ちを紛らわせてみたりする、

そんなよわっちい自分に対面することもなくなる。


(↑これは、私がかつて男性恐怖症の時に、男性がいるワークショップで必死に自分を守ろうとして男性にジャッジをしていた経験)



つまり、オンラインだと

心がざわつくことが、極めて、なくなるのだ。


そして、私は、この心がざわつくところを通過することが好きだ。

心がアップダウンするって、心音と一緒だから。


心音のように波を打って、上がったり下がったりして、その中で愛に触れていくんだと

信じているから。



さあ、そんなオンラインばかりだったわたし。


今年の11月末に14日間、ガッツリと対面で

心のひだに触れる機会に今年も恵まれました。


ジャジャーン!



(*このウェブサイトの受講生たちの心に残るセッションは、読んでてとてもパワフルで

こんなことが本当に起きるんだ!という連続でオススメです)



どんなクラスになっていくんだろう。


自分にざわつき、

失った自分の一部を取り戻し、

そして

自分がまた、まるごと果実のようにみずみずしくなる時間が始まります。


お申し込み締め切りは10月末まで。

ピンときた方はぜひご連絡をくださいませ。






モノクロから虹色へ



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