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世代間を超えた何か

「ねえ、お味噌汁、なんか変な味がする」


「何?何の味?」


「なんかハンドクリームっぽい味」



そう言ってた私は、その頃まだ小学生だった気がする。






シーーーーと口を横長にして歯の奥から息を吸い込みながら

痛みを堪えつつ、指のひび割れにクリームを塗っていた母を思い出す。


いつも鉄板のような背中を肩を叩き

夕方4時ごろによく横になって仮眠をとっていた。


16時半ごろになると、

「やだ、もう夕飯の支度をしなくちゃ」と言って起き上がっては

いそいそとエプロンをつけて台所に立っていた。



母は副菜を含めて5品ぐらいいつも食卓に並んでいた。


当たり前の光景だった。


でも、私は5品なんて作れない。

せいぜい2品。ご飯とお味噌汁。


母のように昼寝はしないけど、夜は子供たちと20時半ごろ寝落ちして子供たちと一緒に朝を迎える。


朝活をしてる同年代の母たちが眩しく思えるほど、私はぐうたらした母親だと自分で思っている。


洗濯だって、物干し竿に干したことがない。

カリフォルニアでは、洗濯物を外に干すことは法律で禁じられてるという噂を聞いたことがある。

だから、洗濯物は、洗濯機と乾燥機がやってくれる。


洗い物は、食べる数が少ないから洗う数も少ない。


掃除は、毎月プロのお掃除屋さんが入ってくれるので

子供たちが散らかしたものを一緒に片付ける程度。


カラッとした天気だから、カビが生える心配もない。


カビが生えないように、毎日こまめに掃除洗濯をしていた母とは動く量が格段に違う。



そして、父は一生懸命に働く人だった。

丁寧に生徒と向き合い、丁寧に子供たちの面倒を見る人だった。


そんな父が家に帰れば、もう余力は残っていないとばかりに横になって巨人戦をテレビで見て

ゆっくりと夕飯を嗜んでいた。



私の旦那さんは、仕事がどれだけ忙しくても帰宅をすると

子供たちと遊び、お風呂の面倒を見てくれる。


早めに帰った日は外で子供たちとサッカーをし、

子供たちが早く起きた朝は、私を寝かしたまま子供たちと何かしら遊んでいる。


つまり

母とは比べ物にならないぐらい、私は夫からのサポートをもらっている。



だけど、一つだけ母と共通点がある。



それは、私も母と同じように


シー痛い。あー指が痛い。


そういって、指をさすり、ハンドクリームを塗っている。

あまりにも痛くて、食事を作るのをずっとやめてお友達に作り置きをお願いしてるほど。


あまりにも皮膚を痛めすぎて、もう皮膚の色が変色をしてる。


初めて私の皮膚を見た人は大体「火傷の跡ですか?」と私に聞くほど

私の手は荒れている。



ある日、グループミーティングで

私はこの手についてワークをすることにした。


「この手からメッセージがあるとしたらなんだと思う?」

そうファシリテーターが私に聞く。


「ストップって言ってる」

そう答える。


そして、私は続けていった。


「でも、私の頭はそう思っていないの。

 働けよ、強くなれよ、何痛がってんだよ、弱いなって

 私のこの指を批難する声が止まらないの」


「そうか、戦争が君の中で起こってるんだな」


戦争。


馴染みがない言葉に聞こえたが、彼の言う通り、確かに私の中で戦争が起こってる。


グループの仲間がそれぞれ私に、正しい意見を伝えてくれる。


分かってるんだけどさ。


でも、私は母ほど動いていないんだよね、マジで。

だから、こんな私が止まっちゃったらさ、本当になーんもしない嫁であり母になるわけ。

って頭の中で言ってる。


そんな中、一人の男性が言った。


「自分の指に快楽を与えてみたらどうだろうか?」

 

SeXセラピストならではの観点だなと思ったが、

確かに、もっと動け!ってボロボロの指に言ってる時点で私って

自分に快楽を与えることを良しとしていないかもしれない。


そう思ってそれを一旦持ち帰ることにした。


その日の晩は、ワークで涙したこともあって、ストレスホルモンが抜けたのか

指をかきむしることはなかった・



ただ、翌朝

「そんな快楽とかつべこべい言ってる場合じゃねーんだよ。

 みてるポイントが違うんだよ!!!」


と言わんばかりの猛烈な痒み。


アンドリューに少し話せるか?と聞いて

二人だけの時間を作り、私は前夜のワークとその結果についてアンドリューに話した。


そして、

「私の母も同じ手だったんだよね。

 だから牛乳パックをうまく開けれなくてね。」


と話をしながら、


ふと思った時


「君の母親もいずみも、何かしら、言葉にも意識にもならない何かにとらわれているんじゃないか?」

とアンドリューが私が思っていたことを言葉にしてくれた。



母親から受け継がれる何か。。。。



その時、昨日のワークの一シーンを思い出した。


ある女性がどれだけ自分の人生が思い通りに言ってるかをシェアしてくれた。


「眠れない日があるんだけど、そう言う時には抱っこし合う男性が何人かいて。

 でも私の体は、あまりにも貴重だから誰かれ構わず体をかわすことはないんだけど。

 

 体調もバッチリで、住んでいるところも私のお城って感じ

 最近出た痩せる薬もあるんだけど、それで5キロ痩せたわ。」


と。


そのシェアが終わった時

「いずみ、私のこの美しいライフを聞いて何か思うことはある?」と質問された。



「うーんと、あなたはあなたの人生のルールを自分で作っているんだなって思ったわ。

 私だったら、眠れないからって誰かに抱っこしてもらう男性をいろんな地方に置くってことは

 しない。

 自分がそれが好きじゃないって言うよりも先に

 誰かに決められたルールが意識に上がってくるの。


 例えば、

 そう言うことをするって失礼だ

とか

 そう言うことをするってニーディーだ

とか

そう言うことをするとバチが当たる

とか

 そう言うことをするってナルシストだ

とか



でも、多分、それらのルールって私が作ったのものではなくて、誰かからのインプットで。

つまり

それをし続けている限り、私の本当にしたいことって見えてこないのかも。」


子供ができる前は、そんなルールなんてないに等しいって思っていた。


私がしたいように、人生をクリエイトするんだって意気揚々としていた。



そこまで自分のパワーを取り戻した私がいた。


でも、ひとたび子供が産まれてきたら、目に見えないし、言語化できないけど

確実にそこに潜んでいる信念のようなものがあって、

それに逆らえない感覚がある。


もしかしたら、私と母はこの「何か」によって苦しみ

指を引っ掻き続けたのではないだろうか。



「いずみ、お母さんに電話してみなよ」


そうアンドリューが言った。


「母親が何をその時思っていたのか。

 ワークのようにディープに行く必要はないけど、

 そこを話してみる価値はあるんじゃないか?」



と。


「そうだね。お母さんに電話して聞いてみる。」


そうアンドリューと会話を終えた。

アンドリューは私のカウンセラーみたいだ。



続く

モノクロから虹色へ


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